カロリー
徒歩10分の道のりをタクシーで移動するとき、たま子は自らの人生のささやかな成功を噛みしめる。朝起きて、12時まで炊事洗濯掃除湯浴み、ゆっくりじっくり身支度を整えて、タクシーで駅前の鍼灸院まで向かう。そこからまたタクシー。その日のお灸の効きが良ければ歩く。自分の城であるセブンイレブンに着いたら、股引きくらい着古した、けれど色褪せてはいない制服を着てバックヤードやレジ周りをうろうろする。バイトは総勢8名。煙たがられているのは知っている。あからさまに煙たがられている、というわずかな綻びのような人間味がコンビニには特別大切なのだということもたま子は知っている。おでんあっつあつですよお。唐揚げ揚げたてですよお。はいぜひどうですかあ。今日もたま子は、たとえ立ち読み客しかいない店内であったとしても、腰に手をあてながら声を張り上げる。
道を挟んでセブンイレブンの真向かいに立つ一軒家に、YouTuberが引っ越してきた。バイトたちは迷惑そうに噂していたけれどたま子の心は弾んでいる。たま子の趣味がYouTube鑑賞であることをバイトたちは知らない。鍼灸院の院長も、先立った夫も、今年で38になった息子も、誰も知らない。沖縄で慈善活動をしているYouTuberグループ。刃物を研ぐ様子ばかりをアップするYouTuber。息子がまだ小さかったころに流行っていた家庭用ゲームをやり込むYouTuber。ひたすら各地の鈍行列車に乗るYouTuber。チェロ弾きのYouTuber。などがたま子のお気に入りだ。
髪色が派手で服装がチープで声や挙動が大きい男の子が2〜3人で入店してくる。そのたびたま子は、YouTuberかなあと期待する。彼らは決まってポテトチップスの大袋や大盛りのカップ麺やプッチンプリンやモンスターをいくつもカゴに入れてレジへとやってくる。うらやましくて、まぶしい。内臓だけでもいいから、40年前に戻りたい。カレードリアやカリカリコーンを、後悔するまで食べたい。彼らと同じような、タフな胃腸を持って、撮影されていく光景をそばで観ていたい。ミシンを扱うときとなんら変わりのないなめらかな手付きでレジを操作しながら、たま子は、今日は久しぶりに牡蠣でも買ってフライにしようかな、と考えている。