シークエンス3

  • 0069 陶陶酒

    陶陶酒

    【われもん食堂】のバキさんちに一色さんと俺がいる、その光景が、その事実が、ただただもう現実味がなくて、有り体に言うと夢のようで、ずっと話していたいのに、自分が話せることなんてなにもないような気もしてきて、動かない口、出てこない言葉の代わりのようにきびきびと俺の四肢は動いて、バキさんちのキッチンで、【われもん食堂】で毎日のように見る、この、どれだけ収入や貯金が増えても手放そうとしない、手狭な1Kの、かっこいいキッチンで、俺は酒のアテを作り続けた。一色さんが友達の漁師から送ってもらったというぷくぷく太った鯵を三枚におろして、刻んで、ボウルに入れて冷蔵庫で一旦冷やしておく。鯵を冷やしている間にだし巻きを作って、卵焼き器を洗って銀杏とブロッコリーとマッシュルームとホタテのアヒージョを作り、家で仕込んでおいた蒸し鶏を取り出して棒々鶏を作った。それらを部屋の傷だらけのちゃぶ台に持っていってから冷蔵庫の鯵を取り出し、あらかじめ家で作っておいたなめろう味噌と合わせて叩いていく。デタラメすぎるわ、とバキさんは笑い、笑ってくれた、と俺もホッとして笑い、一色さんはうまいうまいはやいはやいと喜び、俺も喜び、満ち満ちた心地で動き続けた。なにはともあれ自分のペースで、続けていてよかった。チャンネル登録者数もいいねの数も、再生回数も遠く及ばないバキさんと一色さんが、同じ料理系YouTuberとして俺のことを気にかけてくれる、見ていてくれる、見つけてくれる。俺が作った料理を食べてまったりしているふたりの様子がバキさんのパソコンからライブ配信されていて、一色さんは一色さんでインスタライブをしていて、俺は俺でバキさんのキッチンに自分のiPhoneを置いてツイキャスで配信している。昆布締めにしていたアオダイを器に盛って持っていくと、ふたりは最近よく観ているYouTubeチャンネルの話をしていて、バキさんが【総勢一人の百鬼夜行】を挙げていた。「矛盾歯磨きルーティン」シリーズの、プリンで歯磨きをした動画が30万再生を突破して、今朝投稿されたチョークでの歯磨き動画は急上昇に挙がっていた。総勢さんね。俺が総勢さんの動画に対してなんとなく乗り切れないのは、食べ物やモノをシンプルに粗末にする総勢さんの態度ではなく、というよりむしろ総勢さんの矛盾歯磨きなる行為への向き合い方と動画編集の荒々しさや潔さは粗末さを超えた独特の気迫と矜持を感じる類のもので、普段の生活における倫理観のものさしで粗末か否かを判断することそれ自体が総勢さんひいては矛盾歯磨きなる行為を粗末に扱っているということにもなりかねなくて、だから、つまり、俺はなにを言いたかったのか、自分でもわからなくなってきたが総勢さんは俺の幼馴染なのだった。
     きゅうりの梅和えとわかめとタコの酢味噌和えを作って部屋に持っていって、順序よ、とふたりがきゃっきゃして、俺はまたキッチンに戻って冷蔵庫からヱビスを1缶取ってふたりのそばに座って、プルタブを開けて乾杯した。俺のアテってことっすこれは。いや俺たちにもくれよ。ぜんぶ一緒に食べよう食べよう。いいんですいいんですほんとうに。あ、和え物はおふたり食べてもらっていいですけど、ほんと俺はこれだけで充分っていうか。俺はもうここにいるだけでおなかいっぱいなんです。
     総勢さん。ここにいるふたりも視聴者のみんなも本名知らないだろうし本人が総勢さんって名乗っているのなら俺もそう呼ぶことにするが総勢さん、総勢さんと俺は同じ幼稚園に通っていた。と言っても同じ組になったことはなかったし、そのころはお互いを認識していなくて、ちゃんと話すようになったのは小5のころ。きっかけは、なんだったかな。近所の駄菓子屋でばったり会ってそれから、とか、お昼休みに校庭のタイヤ飛びで遊んでいたら衝突しそうになってそれから、とか、なんかそんなんだったはずだ。なんとなく話すようになってなんとなくお互いを知るようになって、知ったり話したり会ったり遊んだり、苛ついたり楽しんだり無視したり自慢したり逃げたり奪い合ったりふざけたり、感情も行動もごちゃまぜになってどうでもいいけどどうでもよくない関係が構築されていくのが小学生のあのころだった。父親の仕事の都合で俺は小学校卒業と同時に県内の別の学区へと引っ越してしまったから、そこで一旦関係は途切れて、連絡を取り合うこともなかった。そもそも連絡先を交換していなかったような気がする。級友のひとりではあったけれどわざわざ連絡先を交換するほど親密でもなかったし、たとえ連絡先を交換していたとしても俺も総勢さんも筆まめな性格ではなかったから、きっと手紙の一枚も送らなかっただろうし、引越し先まで総勢さんがわざわざ会いに来る、なんてことも起こらなかっただろう。
     高校に入学してから総勢さんと俺は再会した。俺たちはふたりとも第一志望の高校に落ち、同じ滑り止めに受かってそこにいた。それからまたぐだぐだわちゃわちゃ絡むようになって、高校を出てからはまた疎遠になっていった。いまでもたまに会う高校時代の友人から聞いた噂では、総勢さんは大学を中退して町工場で働きはじめて、次第に学生時代の誰とも連絡を取らなくなったとか、なんとか。数年前にその話を聞いて、久しぶりに総勢さんに電話をかけてみたりメールを送ってみたりもしたけれど、高校のころの携帯を解約してしまっているのか、電話はどこにも繋がらず、メールはどこにも届かなかった。だからYouTubeで総勢さんのチャンネルがサジェストされて、総勢さんの色白な肌が画面に映り、総勢さんのなつかしい声がパソコンのスピーカーから流れたとき、俺は記憶の中の総勢さんと目の前の動画に映る総勢さんの一致具合と、生活の中で頭の片隅の奥底に存在し続けた総勢さんの残り香、噂レベルでの情報との不一致具合に、安堵と可笑しみと一抹の不穏さを感じて鳥肌が立った。そしてその総勢さんの話をいま、バキさんと一色さんがしているのを、横で聞いているこの状況にもまた鳥肌を立てていて、俺はにやにや、にこにこ、へらへらしながら、よく冷えたヱビスをぐっぴぐっぴ飲んでいる。
     バキさんがiPhoneで総勢さんのチャンネルを開く。1時間前に新作があげられていて今回はブルーチーズで歯を磨いたあと陶陶酒でうがいをする動画だった。俺がはじめてお酒を飲んだのは高校3年の秋ごろで、それは総勢さんとめずらしくふたりで遊んでいた日のことで、遊んでいたといっても上野のハードロックカフェで塔のようなハンバーガーとコーラを挟んでだらだら喋ったりアメ横を冷やかしたりしていただけなのだけど、俺たちは上野駅前のファミリーマートでデルカップという小さなガラス容器に入った酒を買って、というか総勢さんだけが買って、俺と総勢さんはそのお猪口一杯分ほどの酒をちびちび回し飲みしながら、口からあつい息を放出させながら、アメ横をふらふら歩いた。デルカップ、つまり陶陶酒は滋養強壮を高める薬用酒で、もちろん当時はそんなこと知らなくて、総勢さんは知っていただろうか。俺と総勢さんは仕草と感情の抑制がどんどん効かなくなっていくのを感じながら、と同時に感じられなくなりながら、敵も味方もいないような、孤独に無敵に独りよがりな気持ちで、ずんずん歩き続けたはずだ。いい天気だったと思う。いい天気だったと思うし、この一連のできごとの呑気さが記憶をいい天気にしているのかもしれない。そのとき交わした会話、お互いの表情の細部、そんなものはもう思い出せないし、思い出さなくてもいいのかもしれないけれど、バキさんが配信視聴者に向かって締めの挨拶をしようとしていて、一色さんが棒々鶏をほとんどひとりでたいらげているのを眺めながら、俺はいつか、総勢さんともこうしてまた会うことを、願っているのかもしれない、酔っ払っているのかもしれない。