シークエンス2

  • 0040 海

     長い長い長いよと思っていたらそれはそのはずで着信音だった。スワイプして出ると、
    「行くぞーーーーーーーーーーーーー〜〜〜〜〜〜〜〜〜ーー!!」
     という雄叫びというか怒号というか迷惑な、暴力に近い声がうるさくてそれはアダムの声だった。アダムはエマの部屋の、玄関の、すぐ外にいて、だからその声はiPhoneのスピーカーと玄関の両方向からステレオのように響いていてエマは笑いながらめちゃくちゃイライラしてすぐに起き上がる。黙れ!と言いながら部屋中の床中のあらゆるゴミを横断して玄関のドアを開けた。アダムだった。アダムがいた。
    「どこへ「うみへ「やだよ「いこう「わかった「いくの?「いかねえよ「行くぞーーーーーー「うっせえな「ーーーーーー〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ーー!!「っせえんだよ!「いく?「いこう「お!「くるまか「くるまだ!「わかっ「わかってよかった「た。はええんだよ発語が「っはは!「褒めてねえんだよ」ぐるぐる踊るようにばしばし会話をぶん投げてエマはすっかり目覚めていた。エマとアダムはアダムが乗ってきたカーシェアのプリウスで、海へ海へ、遠くの?近くの?とにかく海へ。
     房総半島を東京湾沿いに南下している途中で卵から電話がかかってきて、エマはiPhoneをプリウスのスピーカーに繋いで出る。エマも、アダムも、早口だった。そのわけを、全員が共有している。卵だけが落ち着いていて、エマたちが今日海へ行くことも知っていて、その先のこともすでに体感として体幹として知っていて、でもエマたちは卵に未来のことをなにひとつ尋ねない。サガミとしばらく連絡が取れていないんだ。エマが言うと、卵は、ああそう、とだけ言った。きっと大丈夫だろう。電話を切ってからも卵がここにいて、海へ向かっているような気がしてきっとそれは気のせいなんかじゃない。アダムはずっと、よくわからないシャンソンを歌っていた。
     海にはたくさんの人がいて、冬だぞ、と思ったけど驚いているわけじゃない。むしろいまこの海にいる全員と喜びを分かち合うように、冬だぞ、と呼びかけるような思いだった。もう誰もマスクを付けていなかった。アダムは背負ってきたグレゴリーのリュックから大きなジップロックの袋をいくつも取り出して、そのうちの半分ほどをエマにも手渡して、エマとアダムは波打ち際へ向かった。ハスキー犬とそれを追いかける子供がエマとアダムのすぐそばを横切って弾けた砂が脚に当たる。叫び声が聴こえてそれは明らかに嬌声だった。つられてアダムも何度か小刻みに叫んでエマは口を開けて笑って止めたりなんてしない。波打ち際からさらに前へ進んで、膝まで海水に浸かって、エマとアダムはいくつものジップロックに入っている大量の火山灰を海に撒く。きっとわかっていたんだ。ジップロックを雑に振りながらアダムは言った。わかっていたんだ。わかっていなかったけど。このためだったんだ。集めていてよかった。急に心臓がおかしくなってわからなくなってエマは口を歪ませながら、うん、うん、と言うことしかできない。