シークエンス1-5

  • 0017 醤油

    醤油

     醤油の切れた醤油差しがテーブルの上で埃をかぶっていた。
     食べたい、というより作りたかった。手を加えたい。食材に手を加えたい。寝間着のまま、マスクをつけて、DIGAWELの赤いニット帽を被って、MOUSSYの黄色い厚手のコートを羽織って、外に出た。ぶくぶくする。寝間着はPHINGERIN、黒のネルチェック、コート丈の寝間着だからなんだかやたらと羽織ってる感が出ているが、それが外界へのバリアーみたいでもあり、落ち着く。なんにせよ外出のハードルを上げてはいけない。「外に出るといろんな音が乱暴な奇跡みたいに鳴り続けていてそれはもう音楽じゃん、と思って、外で音楽聴かなくなった。いや聴いてるんだけどそれは外の音のこと」。たまには外の音を聴こうと思ったのと、カジの言葉を思い出したのとで、イヤホンはささずに、イヤホンの音楽は聴かずに、歩いた。家を出てすぐに急勾配の坂道があって、家は坂の上のほうに建っている。方角が違うのか遠すぎるのか排気ガスや黄砂で空気が濁っているからなのか山は見えないが、遠くにはビル群があって、近くには築年数さまざまなアパートや戸建て、富裕層向けの低層マンションがあり、その中に保険会社の細長いビルがたこ焼きに刺さる爪楊枝のようにピンと立っている。都市にだってこういう風景はある。都市だからこそある、ということなのかもしれないが、その実感と実景がわたしに怒りのような気づきと優越感をもたらす。馬鹿にしやがって。たぶん他の誰でもない、自分自身に言いながら坂道を下る。身体の高度が下がり、景色が上がる。目線の先に目線と同じだけの建物。コンビニ中華屋英会話。全部通り過ぎて、川沿いにはサミット。
     買い物カゴを持ってサミットを歩いているとコートの中のiPhoneの振動に気づいて出ると平子と統子だ。FaceTime。顔時間。着信は平子から、で、画面にはふたり。ふたりはパリにいて、パリは夜で、こっちは朝だ。iPhoneの画面を顔の正面まで上げた状態で顔も視線も野菜に移して、見ていないけど見ているようなポーズをとって、きっと周りの、あのおばあちゃん、あの子供連れ、あのおっさん、わたしのことを避けている。人参が買いたいのならごめんね。平子と統子と画面越しにときおり眼を合わせて、人参コーナーの隅で距離を無視してつながっている。
     足を引き摺るように歩くと、米寿の速度になる。きっとそう。みんなそう。帰国してすぐに、家から一番近い自販機まで歩いたとき、おそらく近所に住んでいるのであろう、カートを押して歩いているおばあちゃんと、並走するような形になった。なにか話し出してもおかしくないような、そういう速度の横並びだった。がんばれ。おばあちゃんに言いたかったけど何にだろう。おばあちゃんもわたしに、がんばれ、と言いたかったりしたのかどうか。
     もうかなり歩けるような腫れ具合の患部はそれでもまだ鈍く鋭く痛み続ける。平子と統子には平然と歩いているように見えているのか、嬉しそうに驚いている。たぶんお酒が入っていてだから愉快だ。わたしも愉快だ、外にいるから。わたしにとっては平子と統子のいるパリも外で、だから全員、外にいる。醤油コーナーには人がいなくて、反復横跳びをするように大小とりどりのボトルに目移りしていたら、スーツ姿の男性が棚の角から不意にあらわれて、恥ずかしさより先に、こんな時間にスーツ?という感情が来る。