シークエンス1-2

  • 0059 一揆

    一揆

    「佐古田揆一朗です。統子さんと付き合っていて、半年ほど前に外資系の化学メーカーを退職して、いまは週2日、コールセンターでアルバイトをしながら、本を読んだり、凝った料理をしたり、たくさん眠ったり、友人に頼まれて家具を作ったり、しています。職にすればいいのに、とたまに言われます。あ、家具です。でもそれは、いまは考えていなくて、ただ、採寸して設計して調達して加工して組み立てて運搬して、そういうときの、なにもこもらない、こもらないというか、思わない、邪念と言うとあれですが、そういったもの。それらがない、ただ家具を作るだけ、友人のために、そういう状態でいられなくなることが、すこし怖いので。なので、考えていません。いいんです。お金は。もう飽きるほど働いたし、稼いだので。あ、ええと、材料費と送料くらいはね、いただきますよ。でもほんと、それくらいですね。まあ、飽き性なんです。だからもう、経済とか資本とか、いいんです。いいわけないんですけどね。いいんです。少なくともそう思っているあいだは、こんなふうに馬鹿みたいな暮らしをしていたいと、思っています。これは自虐でも諧謔でもなく、すなおに、そう思っています。
     姓、名、それぞれ3文字、というのはときたま珍しがられますね。佐古田はサコダ、と読み間違えられることがしばしばあります。揆一朗のほうはそもそも読めない、ということも、同じくしばしば、あります。統子さんはそういえば、一発でサコタキイチロウと読んでくれましたね。濁点がひとつもないね、と言われたのを覚えています。こう言うとへんに聞こえるかもしれませんが、僕は、姓名に濁点が入っている人のこと、ちょっとうらやましかったので。だから、統子さんの第一印象は、名前も見た目も雰囲気も中身も、かっこいい人だな、かっこいい人なんだろうな、でした。坂東統子、でしょ。たぶん、それだけじゃない。僕も統子さんも、お互いをうらやんでいて、お互いがお互いに、ああなれたら、と思っていた。んだと思います。統子さんの話はこれくらいにしたほうがいいんでしょうか。……そうか。はい。いえ。たまに、どこまでしゃべって、どこから遠慮して、どう振る舞えば、人から可哀想に見られないか、わからなくなるので。たまにじゃないですね。いつも、そう。ですね。
     揆一朗の、揆一は、まあわかりやすく一揆のことらしく。朗は朗らかの朗。平たく言うと、人生を明るく邁進しろ、みたいな意味合いでつけられた名前みたいです。朗らかな一揆。……そんなものあるのかって感じですが。あだ名。あだ名は、つけられたこと、ないんですよね。だからあだ名も、あこがれのひとつです。統子さんはほら、名字から取ってバンちゃんとか呼ぶ人がちらほらいたじゃないですか。いいな、と、思っていました。なんでかいつも、どの時期に出会ったどんな人も、揆一朗、と律儀にそのまま呼んでくれます。ふ。ああ、そうだ。学生時代、僕は、いくらお酒を飲んでもまったく平気で、スッス杯を重ねていくので、揆一朗の一揆は静かだな、みたいなことを、ふ、言われたことがありますね。言われたときはやたら面白かったんですけど、なんだろう、やっぱり伝わらないものですね。
     僕は、ヨシノさんという方についてほとんど何も知りませんし、統子さんとの関係も、詳しくは知りません。だから、迷ったんですけど。でも、きっと統子だったら、映りたがったんじゃないか。参加していたんじゃないか、なら、統子の記憶をまだ持っている僕が、こうして映ることには、きっと、なにか、意味が……。意味があるんじゃないか……と、思って、思った、んです。思っています。ごめんなさい。だから、こんにちは。あなたはいま、どこにいますか?どこに居るんですか?どこでこれを見ていますか?いま僕が居る、ここ、は、ここでは、もうすぐ今年が終わろうとしています。どの年もそうですが、今年も、いろんな方がお亡くなりになりました。統子が生きていたときには生きていた人が、統子が生きなくなってから亡くなっていく。皮膚の、ターンオーバーってわかりますか。あの感じ。組み変わって、生まれ変わって、やがてすこしずつ、すべてが入れ替わっていく。人類のターンオーバーの周期は、どれくらいなんでしょうね。何十年、何百年。あとどれくらい時間が過ぎ去れば、統子が生きていた世界のすべてが入れ替わり、組み変わり、生まれ変わるのでしょうか。あなたは、いま、どこに居ますか?あなたは、いま、生きていますか?あなたは、いま、僕から何を受け取りましたか?」