シークエンス1-1

  • 0004 妹

     わたしの内臓ナカは地球だ。仲のいい、というか物分かりのいい友人知人には伝えているけれど、ほとんどの人には隠している。隠すほどのことでもない気もするけれど、地球はこの宇宙にひとつしかないし、わたしの内臓が地球ってことは、内臓が地球の人間(内地人?)も、きっと、この世界にわたしひとりしかいないってことなんだろうし、誰彼構わず言ったら面倒くさそうだし、ほとんどの人はわたしの言うことなんてわかっちゃくれないだろうし、言う必要もないし、だから、言ってない、という、それだけだ。それに、言ったところで、なにか穢らわしいものを見るような目つきをするか、昔の自分を見つめるような鬱陶しくて眩しい感じの表情をするか、ぞんざいに崇めるような態度になるか、そうでなければ聞いていなかったような素振りをしてくるに決まっている。
     わたしの内臓は、わたしたちが日々生きているこの地球そのもので、みんなもわたしの内臓で日々生きている。だけど、時間が違う。
    らん〜。やほー」
     会社のお昼休みが終わりそうなころ、姉の統子からSkypeの着信があって、なぜSkype、と思いつつわたしは出る。
    「ねえねえわたしねえ今パリにいんの」
     わたしの内臓はものすごいスピードであらゆる時間軸を猛烈に進む。小学3年生、胆嚢あたりで「ブルータス、お前もか!」という絶叫が響いて恐慌をきたしたわたしはとなりの席で給食を食べていた崎岡くんの頬を思い切りビンタした。高校2年生、カノッサの屈辱を世界史の授業で習っているちょうどそのとき、肺胞の中ではアナーニ事件が起こっていて、ローマ教皇が泡を吹く勢いで怒り狂っていた。みきちゃん、ごっさん、あのときは生理重いんだよねとか嘘ついてごめん。肺胞で人が憤死していただけなんだ。画家が農村を取材する。どこかの駅前のホームレスといつかの琵琶法師が十二指腸でダブる。若いエンジニアがドメイン名を打ち間違える。胃の中で。崎岡くんとはいずれ高尾山で偶然再会する。エマがサガミの話をする。それを電話で、腎臓で聞く、知る。あなた誰。まだ知らないけれどもう知っている人。知っているけど知らないまま通り過ぎる過去、現在、未来があらゆる器官で同時多発する。大学生のころ付き合っていた恋人から超ひも理論の話を聞いたときは妙に納得したものだ。だって腸って、紐みたいなものだもんな。
    「昨日までへーこも一緒だったんだよ。へーこ仕事辞めて。で、パリ、だって。バッタリ。パリでだよ。左京区かよって思ったよね」
     だからわたしは姉からの突然の在フランス宣言を聞いてもすこしも驚かない。わたしが生まれたとき、姉は心臓でパリにいて、市街地でのテロに巻き込まれて爆死していたから。
     わたしは昼夜問わずよく泣く赤ん坊だった。そのころのことをわたしはよく覚えていて、なぜって、その時期だいたいの、これから出会っていくであろう友人知人、恋人、両親、姉、祖父母がわたしの地球で死んでいくのを毎日のように感じていたからだ。
     そうか、今日なのか。
     からだんなかがねえ、地球なんだ。中学校の、入学式の前日だったか、姉にそう打ち明けたときのことを、わたしは思い出していた。思い出していた、というより、いまこの地球でそのときが訪れているのかも。へーそうなん。じゃあさあわたしが死んでもさあ、ランのからだんなかでわたし、というかわたしみたいなわたし?時間の違うわたし?が、生きていられるってこと?わかんない。わたしの初恋とかテストの恥ずかしい答案とかもバレてるってこと?ふふ、わかんないけどわかるときがくるかも。そっか。うん。まあわかんないことのほうが多いか。多いよだって地球だから。そ〜かあ〜。そうだよ〜。はは。ふふふ。
     わたしは死に場所に立つたったひとりの姉に、あんた今日死ぬから、なにかうまいもんでも食いな、と言う。え〜さっきまあまあでかいベーグル食べちゃった。と姉。笑った。姉もわたしも。