シークエンス1-1

  • 0041 犬

     この乾きのようなじりじりした気持ちはどういったものなんだろう。数日間苛まれてきた感情の答えを見つけたような見失ったような気がして、わたしは公園のベンチに座って、公園には人がいなくて、信号待ちのトラックの発進するエンジンの駆動音、布団が叩かれている音、枝葉が風にゆすられる音、そういう音の中で財布と文庫本を重ねて握っている。さっきまで聴いていたPUNPEEの声がイヤホンを外したあともわたしの中にあって、足がというより靴が、靴がというより足が、粒度の細かな砂利がまばらに敷かれた地面を擦ったり蹴り上げたりタップしたりしていて徐々に腰まで動きそうになっていった。購買意欲。新しいものをなにか、買いたいのだなわたしは、という気持ちに気づいていた。つまらない答えを見つけたような気がして公園にいた。カジが公園にやってきて、片手を上げながら近寄ってきていて、わたしも片手を上げて言葉はないけど名前を呼ばれたように感じたし、名前を呼んだような気でいた。カジはそのままわたしの隣に座って、調子どう、と訊いてくる。訊いてくれる。調子というのがわたし全般の調子ではなくわたしの患部の調子であることを声色から察して、うんいいよ、と応える。「よかった」「うん」「歩くのが」「うん?」「大変だったしばらく」「そうか、あーそうね、そうか」「うんしばらく」「てことはいま」「うん大丈夫」「そっか」「うん」「ふっはは」カジが急に笑って、
    「ドッグゲームだ」
     と言う。わたしも気がついて火がついてパッと笑う。学生だったころ、わたしやカジがつるんでいた奴らで、奴らが、はじめた、「あたりまえのこと」を順々に言っていく、山手線ゲームのような、それ。
    「なんでだっけ、ドッグゲームって。だれ発祥だったっけ」「あれでしょ」「あ待って、」「統子が」「だよね」「そうそう」「なんだっけ」「統子が、小説だっけな、映画、物語とか、まあ小説か、で、犬が出てきても、犬っていう存在があまりにもあたりまえすぎるから」「あー」「うん」「思い出した」「そうそう、あたりまえすぎるからえっと、四足歩行の毛むくじゃらな哺乳類とかいちいち書いたり言ったりしないって」「そうだよね」「言いはじめて」そうか、そうか、うなずいて笑ってうなずいて。わたしは思い出して、会ってきた人たちの手つきとか目線とか、思い出して、またうなずいて笑って、カジも話しながら笑っていた。
    「ドッグゲームだ」
    「歩くって大変」「人前で笑うと楽しい」「公園の入口にはドアがない」「車は信号で止まる」「木は風でゆれる」「お腹すいた」「ああわたしも」「とんかつはうまい」「蕎麦はうまい」「手を使わずに話すのはむずかしい」「手を使わずに食べるのもむずかしい」「スズメだ」「スズメは鳩よりもちいさい」「ねえわたし気づいたんだけど」「”わたし”はときおり”気づく”」「きいてってば」「”わたし”はきいてほしい」「なんか新しいものを買いたいんだよね」「新しいもの」「新しいものはきれい」「新しいものはわからない」「新しいものははじまり」「新しいものはこわい」「新しいものは誘う」「新しいものは」カジが立ち上がる。わたしも立ち上がる。「いいよね」「新しいものはいい」「いいものは新しい」「そうかな」「ばうわう!」「うわやめて」「人は鳴かない」「鳴くよ」「行こう」「”わたし”は”行きたい”」「”あなた”も”行きたい”」「決めつけられるとかなしい」「ごめんごめん」「んふ」「行こう」