あの赤いメールボックスを探し求める北米への旅

このあいだペンシルベニア州まで取材に行ってきた。いま、ある町の小説を書いているんだけど、その町を流れる川に戦前に架けられた巨大な鉄橋があってね。その鉄橋の鋼材のひとつひとつがペンシルベニア州の製鉄所で拵えられたものだって知ったからだ。いや、わざわざ訪ねていく必要なんか本当はないわけだけど、でもさ、どんな土地でつくられたものなのか、この目で見て感じたら何か思うところがあるんじゃないかと思ったんだよね。

それで行きの飛行機で映画を3本くらい見てもまだ到着までにはずいぶん時間があって、ぼんやりしながら「ホームページ」の寄稿のことを考えていて、ふと思い出したわけ。昔、90年代の終わりに大学に入って、ほとんどはじめてコンピューターに触れたんだけど、そこでホームページをつくってみたときのことを。みんなだいたいこんなだった。自己紹介ページがあって、趣味のページがあって、リンク集のページがあって、それぞれがトップページからリンクされている。そして、トップページの下の方にメールを送るためのリンクを作ってあった。そこにどこかからもらってきた赤いメールボックスの画像を置いていた。それで、そうだ、それぞれの寄稿者のホームページで使ってもらえるように、アメリカであの赤いメールボックスを見つけてイラストを描いて、ここに並べようと思ったんだよね。これはなかなかおもしろいアイデアだ!と咄嗟に思った。シートに座ったまま、途端に背筋がピンと伸びて、それだ!となった瞬間、機内のゴーっていうものすごい音が急に耳から入ってきた。そうそうそう。

シカゴの空港で小さなリージョナルジェットに乗り継いで降り立ったその町は本当に小さな町だった。小説に書こうとしている町と同じようにそこにも川が流れていて、その川に沿って貨物用の鉄道の線路があった。昔は旅客用の列車も走っていたみたいなんだけど今はもう走っていない。旅客用の駅があったところの前に大きな製鉄所がある。その製鉄所も今ではもう稼働していなくて、ただ巨大な茶褐色の溶鉱炉がどんどんどんと並んでいる。どうもその製鉄所跡がライブか何かができる施設になってるみたい。そこであの町の鉄橋の柱の一本一本が造られて、そして日本まで船に積んで運んできたんだなと思うと、そのことが不思議で仕方がなかった。日本で設計されて、でもその部材を短期間に製造できる製鉄所がなく、アメリカの製鉄所に発注された。そこでその図面通りに鋼材を加工したらしい。おもしろいのは、アメリカ側では試しに組み立てたりはしなかったらしいということなんだ。そんなことあるんかな。心配はせんかったんやろうか。でも、日本に運んできて、組み立ててみたらピタッと組み上がったらしい。すごいよね。すごいけど、ちゃんと組み立てられるっていう確信を製鉄所の人たちは持っていたということなのか。そんな確信はどうやったら持てるのか。

規模が違いすぎるけれど、htmlを手打ちしてホームページを作ってた頃なんて、<table>タグで複雑に入れ子になったようなページを作って表示して、よしうまくいったって喜んでたのに、よそのパソコンでみたら表示がガチョーンって崩れてたりというのを経験したから、いろんな環境でテストせなあかんなと思ったもんだったけど。

まあそんなことよりも気になったのは、この内陸の製鉄所からそもそもどうやって鋼材を運んだんだろうってことなんだよね。巨大な製鉄所で作られた巨大な鋼材。それで調べてみるとこの貨物鉄道でニュージャージーの港まで運んだらしい。そのことは、現地でネットで検索して調べた。そんなにネットで調べてばかりいるんなら、現地まで行く必要はなかったといえばなかったんだけど、でもこの製鉄所の大きさを見たら、急にそのことが不思議に思われたわけ。行かなかったら疑問には思わなかったから、行ってよかった。

さてそういうわけで、あの町の古い鉄橋の鋼材をつくった町というものをこの目で見て、感覚を掴んでひとつ目の用は済ませた。では、もう一つの用事に取り掛かろう。そんなわけで郵便受けを探して町を歩きはじめたわけです。いくらネットの普及で郵便を使う頻度が減ったとしても郵便受けはどこにでもある。だからこっちの取材なんて訳ないと思っていた。でも歩きはじめて気づいたのは、ああいう郵便受けっていうのは、集合住宅には付いてないってことだった。だから町の中心には全然ない。みんな集合住宅ばかりだから。一軒家でも玄関が道路に面してたら、普通にドアに郵便受けが付いてる。だからしばらく歩いても、どこにもあんな郵便受けなんてない。なるほどそんなことは考えなかったな。もっと家の前に芝生があるようなところを探さないといけない。考えればわかることだけど、考えたこともなかった。とはいえ、10分ほども歩けば、一軒家の前にポーチがあって、芝生の庭があるようなエリアになった。こうなってしまえば、どこにだってあの郵便受けはあるだろう。家々の芝生の庭の通り側に郵便受けがぽんぽんと立っているだろう。そう思ったんだけど、どこもみな庭の奥まったところに立っている家の玄関のドアに郵便受けが付いてるんだよね。あれ?って思った。敷地の通り際に郵便受けは立ってない。これは郵便屋さんはいちいち芝生に入っていって、建物のところまで行かないといけないのかな、それは大変だなと思った。えー、そこで見つけたポストをいくつかスケッチして帰ってきました。

でも、それだけじゃいけないと思って、しばらく考えた。ひょっとして、もっと広大な土地に立つ家なら通り際に、昔ホームページで見たあの赤い郵便受けが立っているんじゃないか。それでペンシルベニア州から今度はコロラド州に飛んだ。そして、空港でレンタカーを借りて小一時間ほど見て回った。そしたら、たしかにあった。赤い郵便受けが通り際に。郵便受けは木の柱の上に乗っかっていて、その柱は芝生の地面にブッ刺さってた。これこれ、これに憧れていたんだって思った。しばらく車を走らせると、次々に郵便受けが見つかった。赤だけじゃない。青や黄や緑のいろんな郵便受けがあった。それをみんなスケッチしてきました。みなさん、どうぞ持っていって自分のホームページに貼り付けてください。

それにしても、大学に入った頃にいいなと思って取り付けた郵便受けのイラストは、てっきりアメリカならどこに行っても家の前に付いてるんだと信じ込んでいた。それでどこかそういうアメリカンなものに憧れて自分でも付けたわけだった。だけど、実際アメリカに行って探してみたら、別にあのいかにもという郵便受けなんて付いてなかった。アメリカって言ってもいろいろだしね。じゃあ、僕はいったい何に憧れていたというのかということを、今回あらためて思いました。それは日本だってそうなんだけれど。(了)

※この文章はフィクションです。


友田とん(ともだ・とん)
作家・編集者。1978年京都市生まれ。博士(理学)。可笑しさを見つけるエッセイ・小説を発表しながら、ひとり出版社「代わりに読む人」を営む。著書に『「手に負えない」を編みなおす』(柏書房)、『『百年の孤独』を代わりに読む』(ハヤカワ文庫)、『ナンセンスな問い』(H.A.B)、『先人は遅れてくる』(代わりに読む人)などがある。

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