そのときどきで思い思いにアンカーを打つ。

  • 0006 手紙

    手紙

     元気か。元気ならばなによりだし、そうでないのなら、いや、どのみち祈っている。
     僕は今、浜松駅のドトールでこの手紙を書いている。オリンピックによる津波のような人混みに辛抱たまらなくなって、疎開児童よろしく在来線にゆられてすこしずつ西へ西へと移動しているところだ。そういう輩は存外多いらしい。三島を越えたあたりから、よくわからない海の外の言葉を扱うやつらがパッと消えて、なじみ深いデスマス調や耳触りの良い地方訛りで言葉少なに会話するやつらが、行儀良く列を成して一駅ごとにわらわらと車内に入ってきた。その熱波にやられて、途中下車して一息ついているところだ。米俵ほどのスーツケースをぶんどられまいと掴み続けていたおかげで、手にうまく力が入らない。悪筆を許してくれ。
     とはいえ西へ行ったところでこの人の波から逃れられるのかどうか。観光客に電波を解放するためとかなんとか言って電子メッセージやSNSの類を国民に禁じやがって、お国や郵便局のやつらは儲かっていいんだろうが、それもどうなのだろうね。儲かる、なんて言葉が、神様や天国より遠くなってしまったようだ。
     ずいぶんと紙面を無駄に使ってしまった。手短に用件を書く。僕の東京での住処の鍵は持っているね?オリンピックが終わったら出来るだけ速やかにそこへ行って、茶の間に入ってすぐ右っかわ、畳の下を調べてほしい。そこに金庫を開ける番号のメモ書きがあるから、目視で覚えてすぐにそのメモを破棄すること。金庫の中身は当座の食料だ。役立ててくれ。僕は僕でなんとかする。住吉の方に旧友がいるので、ひとまずそこをあてにしてみるつもり。
     それから、お姉の葬式。なにからなにまですまない。あいつらしい死際だったとはいえ、母国で死ねなかったのは悔やまれる。僕が悔やんだところで仕方のないことなのだが。
     長くなった。それにしても今回のオリンピックは酷い。未曾有の災害だ。復興までそれぞれの地でお互い命尽きぬことを祈る。