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  • (森崎よしこ)のホームページ

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    2026/2/24

    私は朝から下痢していた。
    家事やどうぶつの森をやるために4時半に起きたのに、下痢をした。
    全ての朝の支度を旦那に任せ、寝室で休みながらトイレを行き来して5回くらい下痢したのちに、出発の10分前くらいに起き上がる。
    熱を測る。

    36.9°C

    休むほどでもない。

    旦那が「最近のインフルは最初は熱無くて下痢から始まって、段々熱上がってくるから、気をつけた方が良いよ」と脅してくる。
    どうやって気をつけたら良いのか。

    私はあまり熱が出ない体質の為、36.9°Cという数値は私にしては高めではあるが、これからもっと上がってくるという気配(悪寒とか)が全くない。
    下痢は落ち着いたが、肺の方がなんとなく痰絡んで重い気がする。
    が、熱は無い。

    こんなに具合悪いのに休めねーのか、と思いながら子供達に準備を急かして、家を出る。

    「何か熱が出そうなのでリモートでも良いですか?」
    「朝から下痢をしていて…うつしたら大変だと思うので…」

    頭の中で出勤しない言い訳をいくつも考えるが、どれもパッとしない。
    熱が無い、即ち、なんともないのだ。大人の世界では。

    子供達を送り、職場に着く。

    「風邪よくなりましたか」と私。
    上司夫婦は先週までずっと風邪を引いていた。
    奥さんの方は金曜日には咳が酷すぎてたびたび離席するほどだった。
    だが三連休には上京している子供と旅行に行くと張り切っていたのだ。

    「大丈夫でした」と奥さん。

    金曜日のあれがピークで、それ以上あまり酷くなることもなく、楽しく旅行をしてきたらしい。

    「はい、これお土産」

    と差し出されたものを見て、私は思わず「静岡もみかんなんですね」と笑った。

    愛媛県のキャラクターである“みきゃん”のイラストがプリントされた『みかんもち』だった。


    まさか、人生の中で二日連続でみかんもちに出くわす日が来るとは。


    昨日は祝日だった。
    旦那が仕事だったので、私は子供達を連れて実家に行った。
    母がみきゃんパーク(愛媛県のアンテナショップ)に行きたいと言うので連れて行き、柑橘類の匂い漂う店内でお土産を探していて、旦那はフワフワでモチモチのものが好きなのでたぶん好きだろうと思い、私はみかんもちを買った。
    みかんもちはみかん風味の求肥に柑橘類の皮がひとかけら入ったお菓子で、長男は一口食べて「もういらないかも」と私に寄越した。
    旦那は食べていたと思うが「美味しかったよ」くらいしか言っていなかったと思う。

    そして今、全く同じものを手渡されている。

    人生には、こういう偶然がいくつも出てくる。

    だから面白いのだ。

    @ @ @

    自分の人生がつまらなくなった時には、他人の人生を垣間見る。
    仲西森奈の『ホームページ』はそんな時にうってつけの本だった。
    購入して届いた本をリビングに置いておいたら、6歳の長男が本をパラパラとめくり

    「ママー!これ569ページもある!!」

    と叫んだ。
    届いてからパラりとしか見ていなかった私も、さすがに569ページもあるとは思っていなかったので、大層驚いた。
    小学生の時にハマっていたモンゴメリの『アボンリーへの道』シリーズが1冊200ページちょっとだった気がする。
    高校生の時に読んだ京極夏彦の本が1000ページちょっとだった気がする。
    仲西森奈の『ホームページ』は、その中間くらいか、と思った。

    @ @ @

    職場でありがたくみかんもちを頂戴し、具合悪いながらも低空飛行で仕事をしていた。
    奥さんは14時頃に出かける用事があると言う。(おそらくネイルサロンだ)
    社長は急に用事が出来たらしく「本社に行っても大丈夫かな?」と確認を取って、私が「大丈夫だと思います」と言ったので、お昼過ぎに工場のある本社へ出かけて行った。
    14時になって奥さんも出かけて行った。

    私は熱が出れば良いなと思っていた。
    お昼休憩の時には旦那が作ってくれたお弁当を食べたが、下痢はしなかった。
    熱が出る気配も相変わらず無かった。
    肺が変で咳が少し出たので、仕事が片付くと、自席で大人しく仲西森奈の『ホームページ』を読んだ。

    そして14時半頃、じわじわと関節や筋肉がザワつき始めた。

    あ、これ熱出るわと思った10分後にはもうかなり熱っぽく、車通勤なので、これ熱めちゃくちゃ上がったらどうやって帰るんだよと思いながらぽつぽつと届くメールやFAXを返していたら、15時頃に社長から「今から帰ります」とLINEが来た。
    あと1時間頑張って早退させてもらうか…。

    恐らく私はインフルエンザB型だろうと思い、気休め程度に窓を開けて換気をした。

    16時前になって、社長が戻ってきたので、私は「なんか熱が出てきたみたいで…」と告げると、ふーん、くらいのノリで返された。

    いやいやいやいや!
    アンタ自分が先週熱出した時37.5°C程度で自宅の方で休んでたやろ…インフルエンザかもしれないとか、自分や奥さんにうつるかもしれないとか、リスクヘッジしないん?

    そして交渉の結果、今来ている1通のメールを返したら、早退しても良い、ということになった。

    早退する気満々だったので、社長が戻ってくる前に社長に転送しておいたメールである。
    お前が代わりにメール返せよ、と思いながら社長に言われた通りのことを書いてメールを送り返し、定時より1時間早退させてもらった。

    家に帰って熱を測ると、37.9°Cだった。(勝った)

    長男の部屋を貸してもらい、後のすべては旦那に任せて、寝ることにした。

    寝ることにはしたが、寒いし体中が痛くて、眠れたもんじゃない。

    私は横になりながら、また仲西森奈の『ホームページ』を読んだ。

    350ページくらいまで差し掛かったところで頭が痛くなって気持ち悪くなってきたので、一旦読むのをやめた。
    本を読んでいる最中にも、私は熱が出るのが嬉しくてたまらなくて、何度も熱を測った。
    熱は37.9⇒38.4⇒38.8⇒39.1まで上がった。
    体の至る所がズンズンしてビキビキしてキーキーしてゾワゾワする。

    私にとって熱は非日常で楽しくて嬉しいものだ。
    子供の頃どんなに具合が悪くても、熱が無いと、「でも熱ないんでしょ」と言われたのがすごく嫌だった。
    熱があれば、「ほら、熱あるでしょ(ドヤ)」と声を大にして言える。言わないけど。
    旦那が子供達を連れて帰って来て、下の階で奮闘している音を聞きながら仲西森奈の『ホームページ』を読み、申し訳なさの背徳感に浸っていた。

    だが、夜中は体が痛すぎて眠れなかった。
    どの体勢にしても動いても止まっても体の至る所がズンズンしてビキビキしてキーキーしてゾワゾワする。
    起き上がったり転がったりを繰り返して、眠りそうになると今度は咳が出て飛び起きる。

    1時くらいに、耐えかねてロキソニンを飲んだ。

    薬が効くのを待つ間、またしても仲西森奈の『ホームページ』を読んだ。
    読み終えた。
    そして今これを書いている。

    @ @ @

    私には、他人の人生を一から百まで聞いてまわりたいという願望がある。
    その願望が、叶うような本だった。
    普段BOOK OFFで中古の文庫本ばかりを買っている私にとって、3000円くらいするこの仲西森奈の『ホームページ』は割と高い分類に入るが、ものすごくボリューミーで、私の知らない世界に連れて行ってもらえたので、元は取れたと思う。

    ていうか、仲西森奈て。

    私は仲西森奈のことを、村長と呼んでいる。
    今でもそうだ。ずっとそうだ。ずっと前から。

    16年くらい前から。

    当時私はYahoo!ジオシティーズや忍者ツールズでホームページを運営していた。
    毎日日記を書いたり、小説を書いたり、掲示板やWeb拍手なんかで知らない人と交流をしていた。

    相互リンクという文化があった。
    相手のホームページのリンクを自分のホームページに貼る代わりに、相手のホームページにも自分のホームページへのリンクを貼ってもらうのだ。

    村長は当時、村長と町長のブログみたいなものをやっていた。
    村長は、ピンではなくコンビで活動していたのだ。
    そしてどっちから声をかけたのかももう忘れたが、相互リンクすることになって、掲示板なんかのやりとりで仲良くなったのか、Skypeで話すようになった。

    村長は私より一つ年下だったから、なんとなく敬語を使われることもあった気がする。
    私は人の年齢をさほど気にしていないが、年上だったのでいつも通りだ。
    村長・町長・私の3人でよく話していた。

    やがて私は大学生になり上京。村長と町長が自主制作映画を撮ると言うので、手伝うことになったのが、(たぶん)2回目に会った時のことだ。

    1回目に会った時のことは私は覚えていない。
    1回目は1~2年前くらいに私が別の自主制作映画に出演して、それが映画甲子園で賞を取ったので、早稲田大学のどっかのホールで開催された交流会に参加した。
    その時に会ったことがあるらしい。
    あとになって、あの時会ったことあるという話になった時、村長か町長が私と一緒にいた人のことをヒョロ松と言っていたので、私は笑った。
    たしかに。
    (もし当時ヒョロ松がこの記事を読むことがあったら、「誰がヒョロ松やねん」とSkypeが来ていただろう。もう17年経ってるしSkypeはもう無いし連絡取ってないけど。)

    村長には当時彼女がいて、彼女が『私の彼氏が得体のしれない女と楽しそうに喋っている』と思っているらしかったので、彼女とも仲良くなった。
    彼女のことは私が一方的に勝手にかなちゃんと呼び続け、いつの間にか、かなちゃんということで定着し、私にも当時彼氏がいたため、かなちゃんと私は愛人同士ということで定着した。

    船橋の村長の家にも行った。
    村長の家はシースルー階段のオシャレな一軒家だった。トイプードルの犬がいた気がする。丸い窓があった気がする。
    村長のお母さんが切ったメロンを出してくれたが、誰もお腹が空いていなかったので、村長だけがそのメロンを食べていた。
    村長の通っていた学校や家の近所で映画を撮った。
    そして帰り際、何故か村長のお母さんから卵を1パックもらった。
    私はもらえるものは割と何でもありがたくもらうタチなので、遠慮なくもらった。

    翌日村長から「誰かお腹壊している人いない…?」と連絡が来た。
    誰もお腹を壊していなかった。
    強いて言えば私が麻疹かと思うくらい蚊に刺されたくらいだ。
    村長は、「じゃあメロンか…」と悲しさを漂わせていた。
    食中毒かと思うくらいすごかったらしい。

    またある時、村長と町長がうちに遊びに来た。
    コネクションフォー(2人でやるゲームだ。色の違うコインを上から落として縦横斜めのいずれかで1列4枚並べたら勝ち)をやって、負けた人がコスプレをすることになった。
    その時うちにはチャイナドレスとメイド服と映画の衣装として借りていたかなちゃんの制服があったので、負けた人から順番に着替えていった。
    村長はメイド服を、町長はチャイナドレスを着ていた気がする。
    私は制服だったので特に面白みもなかったが、3人で写真を撮って見て、みんなで爆笑していた。

    またある時、村長とかなちゃんがうちに遊びに来た。
    村長はお手製のラー油とパンナコッタを持ってきた。
    かなちゃんは近所でご自由にと配られていたサボテンを持ってきた。
    私はちょうど植物が欲しかったので、そのサボテンを窓辺に置いて、育てた。
    (余談だが、このサボテンは1~2年経って花を咲かせたが、サボテンは過酷な状況にいる時に花を咲かせるらしいと知って私は少し申し訳なく思った。)
    村長のラー油は、今まで人生で食べた物の中で一番辛かった。
    16年経った今でもまだその記録は破られていない。
    いや、香港で食べた四川料理と1位2位を争えるかもしれない…。
    村長は「普段はこんなに辛くないんだけど…」と言っていた。その後、ラー油をどうしたのか私は覚えていない。
    パンナコッタの方はすごく美味しかった。
    私はパンナコッタを知らなかったが、もちっとした牛乳プリンのような食べ物だった。
    村長のパンナコッタがすごく美味しかったので、今度からレストランにパンナコッタが置いてあったら頼むと思う、そのくらいパンナコッタは美味しいものなんだ、と刷り込まれた。
    いつかまた食べたい。(催促)

    またある時、河原に集まって節分の豆まきをした。
    その時のメンバーは、村長・町長・ジュノン・天肉だ。
    ジュノンは村長とかなちゃんの同級生で、ジュノンボーイに応募して落選したのでジュノンと名付けられた。
    天肉は町長の同級生で、性格が天然で筋肉がすごいから、天肉だった気がする。
    投げる豆は、落花生にした。
    一通り豆を投げ終わった後、カラオケをしに行った。
    この時もまたコネクションフォーで盛り上がっていた。

    ・・・

    とにかく、楽しい青春のひと時をともに過ごしたのである。

    それから、私が心身ともに病んで北海道に戻ったり、頭がイカれて日本中をウロついたり、香港に行ったり、札幌に戻ってきてまともな生活を送ったりしている間に、村長も色々あったらしい。

    まともな生活が始まる少し前・香港から帰国して間もない頃、大阪で村長と会った。
    村長はキャップを被ってマスクをしていた。
    オシャレなカフェでご飯を食べて、村長の働くすっぽん屋に連れて行ってもらった。
    私はお金がなかったのか勇気が無かったのか、すっぽんのコラーゲン的なものを食べた気がする。
    村長は肌が綺麗だなぁと羨ましく思って、地下鉄で反対のホームでお互い手を振って別れたのを覚えている。
    が、何の話をしたのか全く覚えていない。
    それが村長に会った一番最後の出来事だ。

    そして現在は年賀状のやりとりをひたすら続けている仲である。

    @ @ @

    私はSNSの類が好きだ。
    他人の生活を垣間見れるから。
    ただ最近のものは中毒性が高くて、知り合いの記事なんか一個も流れてこなくて、後から考えるとクソどうでもいいような動画をずっと見続けてしまうので、見ないようにアプリごと削除したりしていた。
    時折再度インストールしては、DMが来ていないかチェックをしていた。

    そしてそのDMに村長の顔が出てきた時、私は驚いた。

    「ママー、一緒にカービィやろ~」

    と長男が言ってきたが、私は

    「ちょっと待って。ママ、今大事なものを発見してしまったかもしれない…」

    と断った。

    それがこのホームページのオファーであった。

    オファーがてら世間話やお互いの話もしてしばらく楽しく話し込んだ。
    そして村長が、今後はDMではなくメールでやり取りをしたいと言うので、メールアドレスを教えると、「懐かしい」と返ってきた。
    私も村長から送られてきたメールアドレスに見覚えがあったので、村長のメールアドレスをメールの検索欄に打ち込んでみた。

    節分の時の写真が出てきた。

    「良いホームページができそうだな」と私は確信した。

    追記:翌日病院に行ったら、やっぱりインフルエンザB型だった。


    森崎よしこ(もりさき よしこ)
    思いつきと生まれつきのラッキーだけで生きている、ただのワーキングマザー。
    現在34歳。細かいことは下記。

    note:https://note.com/morisakiyoshiko/portal
    ※あんまり更新してない。

    前に作った雑記集:https://drive.google.com/drive/folders/1XERxBEMCrvIJdu7XQqnNYAloiGVh66la?usp=drive_link
    ※2作目3作目の雑記集を作れる程度には書きためているがあまりやる気が無い(インフルエンザだし

    メール:renkonumai[at]hotmail.co.jp