0097 グリズリー

グリズリー

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 ドッグゲームだ。

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 一軒家、しかも三階建、と言うと、羨ましがられたりすることもあったけれど、実際住んでみると、そんなにいいものでもない。三階の自室に籠もっているときに宅急便が届くと、一階までどだだだっと慌てて駆け下りないといけないし、階数が上がるほど熱気はこもるし、なにより私が住んでいたシェアハウスは一階部分がほとんどガレージだったから、三階建に住んでいるという実感、というか、スペース感、というか、そういったものがなかった。深夜どんなにうるさくしても、同居人だったアダムにしか迷惑がかからないのは数少ないこの家の良いところだけど。だったけど。それは二階建でも同じことだし、私はどちらかというと朝型だったから、必然的に床に就くのも早かった。基本、深夜うるさくしていたのはアダムのほうで、アダムの生活はほんとうに放漫というかもはや茫洋とすらしていて、いつ寝て、いつ起きて、いつ食べて、というリズムがまったくない。なかったし、いまもない。ぼろぼろの私服で木下大サーカスの面接を受けに行ったことのある私に言われたくもないだろうけど、アダムもアダムでひとつの会社に所属してパッチパチにスーツを着てしゃっきり仕事をこなせるタイプであるわけもなく、というかそんなのほんと無理で、大学時代の同期や先輩後輩のつてで映像編集をやったり、銭湯で仲良くなった小金持ちの身辺整理のような秘書のようなことを中〜短期でやったり、懇意にしていた教授や事務員の細々とした依頼(引っ越しを手伝ってほしい、知り合いの鍼灸院のウェブサイトを作ってほしい、うんぬん)を受けたりして日銭を稼いでいる。アダムを見ていると、人の縁や繋がりの強固さを感じずにはいられない。人と人との繋がりは、絶対に途絶えない。人が人として生きていく限り、人は人と繋がり続けるし、人と繋がり続けている限り、人はそう簡単にくたばったりはしない。しなかった。

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(以下、シェアハウスにいまも暮らすアダムと、かつて私の住んでいた部屋で暮らしているイモリを訪ねて、ふたりと飲んだときに書き散らしたもの)
アダム「ヤられたらヤりかえす……愛返しだ!」
アダム「この世界に足りていないもの、それは、わかりにくい愛と、わかりやすいうさんくささ」
 なんか言えよイモリ。
 わかりにくい愛 カーセックス
 わかりやすいうさんくささ 卵の地球
 ヨシノの居場所→卵にきけばいい。パワーズオブテン。
 ドッグゲーム。イモリのテンパり癖。
 イモリを撮るアダム。もうすでにコモドのパートは撮ってある。コモド?
(以上)

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「早起きだ」
「そう?」
 アダムは姿見に顔を近づけて髪を整えている。
「私が一限行くとき、いっつも、寝てるか、そもそも家にいなかった」
「まあ、まあね」
「仕事?」
「うん。奈良の山奥でダンサーの撮影」
「ほお」
「鹿せんべい要る?」
「日本酒〜」
「はーいはい。オッケーじゃあね」
 アダムが階段を降りて、玄関の閉まる音がして、私は茶碗に白米をよそう。アダムは焼き鮭の皮がすきで、もはや皮しか食べたがらないから、身の部分は私がいただく。一切れでふたりとも満足できるから、安上がりで結構なことだな、と学生時代思っていた。味噌汁は赤だし。これもアダムの好物で、学生のころから変わらず冷蔵庫に常備してあるお高い赤味噌を勝手に拝借して作った。作ったといっても、お湯に味噌を溶いただけ、みたいな感じだ。
 この家で暮らしていたころ、私は料理上手だった。いわゆるレパートリーが多かったり特別おいしいものを作れたり、といった意味での料理上手ではなく、食べ飽きない料理のサイクルを作るのがうまい、という意味で。日々の自炊で大切なのは、美味しい料理を作ることより、簡便で飽きない料理を作ること。作り続けること。どんなに美味しい料理を作ることができても、そこにかったるい工程や調理にある程度の習熟を要する食材が含まれていたり、特別な調理器具が必要だったりすると、人は、というか私は、すぐに作ることをやめてしまう。慣れた食材で、慣れた調理器具で、慣れた味を作り続けていく。慣れることと飽きることは似ているようで違う。むしろ慣れは、飽きないことと繋がっていく場合が多いように私は思っていて、こういう想像をするとき私はヨシノが物理的にそばにいた日々を切れ切れに思い出してしまうのだけど、どうだったかな。私は作り続けていただろうか。
 自分自身まったくわかっていなかった過去の自分の行動や言動、気持ちの動きが、いまになって、ああ、そういうことだったのか、と不意に腑に落ちることは、よくある。でもそれは、私が勝手に作り上げたストーリーである可能性は拭えなくて、というか、過去というもの自体が大きなひとつのフィクションのようなものであるはずなんだけど、だから結局、そのとき感じたことは、そのときの自分じゃないとわからない。過去の自分の気持ちを写真のようにもう一度焼き直すことはできない。
 ドッグゲームだ。
 過去は現在ではない。

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 そしていま、私は焼き鮭をつつき、味噌汁をすすっている。
「ごめんなさい」
 太陽みたいな寝癖をつけたイモリがリビングに降りてきた。
「おはようございますじゃない?」
「おはようございます」
「おはよう」
 あのー、と、うー、と、あれやなあ、と、ですねえ、が、ごっちゃ混ぜになったような、二日酔いの朝特有の声を漏らしながら、階下の洗面所へ降りていくイモリのやけにしっかりとした背中を、私は黙って見ていた。

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 京都鷹峯たかがみねグランドホテルの、部屋という部屋を、イモリは片っ端から清掃していく。朝からおやつ時まで、休むことなく。マスターキーで部屋の鍵を開け、ベッドシーツと枕カバーを剥がし、剥がした分のシーツとカバーを補充してベッドを直し、浴衣と帯紐とタオル類と各種アメニティを取り替え、必要とあらばコンディショナーやシャンプーを補充し、窓を拭きテーブルを拭きベランダの手すりを拭き、ユニットバスの浴槽をピカピカになるまで擦り、掃除機をかけて、部屋の鍵をもう一度閉める。一部屋およそ40分。どんなに面倒くさい部屋でも1時間以上はかけない。感情を殺し、機械のように黙々と、粛々と、ひとつひとつの動作をこなしていくイモリ。
 そこはきっと静かで、いつだって一人だ。
 シーツを剥がす衣擦れの音だけが聴こえる。
 剥がす、捨てる、補充する。一連の動作を繰り返すバイト中のイモリを想像して、私は、まるで生理だな、と思う。胎盤から血液のベッドが剥がれ落ち、排泄され、つかの間の休息を終えると、卵子を着床させるために血液が蓄えられる。未だ見ぬ宿泊客のチェックインを待ち続ける客室はさながら子宮で、イモリたちは生理を促し体内を整える女性ホルモンのようなもの、だろうか。

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 よく知らないお笑い芸人がよく知らないまま有名になって、いつのまにか深夜ラジオのパーソナリティになっていて、よく知らないけど不祥事を起こして、ラジオで謝罪していたらしい。トレンドにはお笑い芸人の名前やラジオの番組名、不祥事の内容などが並んでいて、でもこれも、すぐにまた別のトレンドに置き換わる。
 学生時代に三本から借りて、そのまま借りパク状態になっている歳時記を使って、日記代わりに俳句をつくって年明けごろからツイッターに投稿している。ひとまず一年、気楽に、という気持ちを込めて、俳句を投稿するときは「#愉快な一年」というハッシュタグをつけていて、「#俳句」「#haiku」とか、あるいは「#日記」とか、そういうわかりやすいハッシュタグをつけないのは美意識という名のプライドなのか評価されることやより広く晒していくことへの逃げなのか欲の無さなのかなんなのか。「#愉快な一年」というハッシュタグを使っているのはいまのところ私しかいないらしく、検索をかけても私の俳句ツイートしかヒットしない。歳時記、そういえば貸したままだな、と思っているのかいないのか、毎度いいねをつけてくれるのは三本くらいで、私としては続けるささやかな理由になっていてありがたい。ありがたいし、三本は先輩としての私をどこか神格化しているところがあって、いや神格化かな、もっと違う言い方があるかもしれないけれど、とにかく私のことを先輩だととても強く認識し続けてくれているところがあって、私がなにか制作めいたふるまいをするたびにそれをふんわりと肯定してくれて、ありがたい、ありがたい、と常々思っている。アダム(と、イモリ)の家から北大路通りに出て、白川通りと北大路通りがぶつかるあたりまでを久々に散歩していて、昨夜投稿した「#愉快な一年」が三本にいいねされましたよ、という通知がきて、そのままツイッターを開いたらよく知らないお笑い芸人のニュースがトレンドに上がっていて、特に興味があるわけでもないのにradikoを開いてそのお笑い芸人が平謝りしている回の深夜ラジオを再生しながら、イヤホンで聴きながら、歩いていた。
 歩きながら、ヨシノのことを考えていた。という言い方はすこし語弊があって、歩いているときにことさら強くヨシノの声や言葉や手の硬さ背中の平べったさが頭に浮かんだというだけで、ヨシノのこと自体はいつだって考えていて、でもそれもまた語弊があるかもしれなくて、考えていない瞬間だってたくさんある、けれど、人生の総体、大げさな言い方だけど、として、ヨシノのことは、ずっと考えていると言ってもいいと思えるくらい、ずっと考えていて、だから私は歩きながらヨシノのことを考えていた。ラジオではリスナーがリクエストした曲が流れ始めていて、それは私の知らない曲、知らないバンドで、でもきっと有名な曲、有名なバンドで、あなたはぼくの人生の主演なんだぼくが主演じゃないんだあなたなんだということを雛鳥の鳴き声のように歌い上げていた。御影通りのあたりまで来たところでその曲が始まって、私は信号を渡って、狭い歩道を進んでいった。ヨシノのことを考えるということは、大学に通っていたころのことを考えることでもあるし、その後のこと、いまのことを考えることでもある。大学三回生の冬に、ふたりで夜の大文字山を登った。百万遍をすこし上がったところにあるコンビニの前で待ち合わせて、缶詰やビールやインスタントカメラを買って銀閣寺の方へ向かっていった。どこから登ったんだったっけ。登っている途中で雪が降り出したのを覚えている。それともあの雪は、登る前から降っていたのだったっけ。私はヨシノを、ヨシノは私を、銃で撃ち合うみたいにインスタントカメラのシャッターを切りながら大文字山を登った。クマが出るかもしれないと、私もヨシノも怯えていて、怯えていたのに立ち止まらなくておかしかった。お互いのiPhoneで違うラジオを最大音量で流しながら獣道を踏みしめていった。私もヨシノも、主演でカメラマンで監督だった。クマに怯える無敵のふたりだった。
「グリズリーに出会いたい」
 最後に電話したとき、ヨシノは言っていた。その言葉を聞いたときに私の脳裏に浮かんだのはクマに怯えあったあの日あのときのことで、だから私は笑いそうになったのだけど、黙ってヨシノの言葉を待った。
「グリズリー、すごいよ。クマの中でいちばん強くて、なんでも食べるし、なんでも襲う。川も渡るし、木登りもいける。時速五〇kmで地面を駆けることだってできる。ばったり会ったらまず助からない。でもぼくはきっと助かるって思ってる。なぜか。そう思ってる。根拠はないけど。でも根拠なんていらない、とも、思う。……、ぼくはこれから、きっといろんなことを考えて、ゆっくり大人になっていくんだと思う。もう大人なんだけどね。でもそう思う。その途中で、いま、会いたいなあって思ったから、会いに行く。……話しながら、出会いたい、から、会いに行く、に飛躍したけれど。自分に欠けているものを見つけるために、自分の弱さを確かめるために。あるいは、自分の死ななさ、みたいなものを確かめるために。そうして自分に足りないもの、欠けているものを、見つけたり、気づいていったりすること。そういうことがしたい。眼や、耳が、かたっぽ欠けた状態を想像して生きることはむずかしいから。命が明らかに脅かされている、そういう状態。不謹慎かな。死にたいわけではないし、死にたかったらこんなこと思わない。すごく、これはすごく恥ずかしいことなのかもしれないのだけど、生きている、とても生きている、ってすごく思いたいのかもしれない、いま」

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「カジ。例えば。例えばぼくが日本から離れると言ったとき、カジはぼくが死ぬことを考えた?」
「ぼくが車を運転するとき、大学までの道を自転車で駆け抜けているとき、バスに乗るとき、電車に乗るとき、死ぬかもしれないって思った?
 でも、きっとそういうことだよ。車を運転したら死ぬかもしれない。自転車に乗ったら死ぬかもしれない。飛行機が墜落したらまず助からない。そういう可能性を何度も何度も知らず知らず乗り越え続けて、いまのぼくが、カジが、あらゆる人の日常があるから」
「たぶんなんだけど。ぼくやカジは、いや、ぼくやカジや……。アダムやエマやアキやサガミ、へーこ、とーこ、サンボン、イモリ。うん。ぼくたちはほかの人よりちょっと、飛行機に乗る回数が多いんだよ。
 飛行機に乗らないと行けない場所があって、ぼくたちは、ただ、そこに行きたい気持ちが、それか、行かなければいけない理由が、強すぎるだけなんだよ。たぶんね」

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 ホテルの部屋でエアコンの冷気を浴びながらイモリはきっと思うだろう。子供はすごい。イモリや他の清掃員が予想もつかないような汚し方、散らかし方をする。掛け布団カバーが鼻血まみれになっていたり、カーテンにお茶をこぼしたり、ベッドの下にありとあらゆるものを隠したりする。
 面倒くさい。
 でも、イモリはきっと、そういう部屋のこと、宿泊客のことを嫌いになれない。
 タイムカードの打刻を済ませ、機械的におつかれさまですを言ってイモリは自転車に乗る。鷹峯の山を猛スピードで下り、車やバイクやバスの間を縫うように進み、一直線に家へと帰る。冷蔵庫に、合挽き肉とキャベツと卵があったはずだから、キャベツは千切りにして合挽き肉と混ぜて炒めて、卵はそぼろにして、丼にしよう。そんなことを考えながら、鴨川を越え、高野川を越え、ゆるやかにまた上り坂へと変わっていく道路に合わせるように、立ち漕ぎでぐんぐん、人を、風景を、映像を、追い越していく。
 夕方の疎水は静かに流れている。
 ちいさな並木道をハスキー犬と老婆が歩いている。
 叡山電車の走る音が聴こえる。
 どこかの家の台所の、魚と醤油のにおいが風に乗ってやってくる。

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  御蔭通を下り、東大路通りを曲がってまた北大路通りに戻り、大きく一回りした形でアダム(と、イモリ)の家に戻る。ポストの中にいつも置いてある玄関の鍵を使って家に入ると、ちょうどアダムが風呂から上がって、素っ裸で玄関前の廊下に出てきたところだった。
「あれっ?」
「おかえり」
「奈良のわりには早いね」
「いや、きいてきいて」
 タオルで頭をがしがし拭きながらアダムが言う。
「奈良駅着いたあたりで電話かかってきて、出たらなんか知らんオッサンの声で。ダンサーの父ですー言うからおれもあーはいどうもーって言って、そのダンサーの実家わりとおっきな田んぼやってるらしいんやけど、朝その父親が田んぼ見に行ったらイノシシが稲という稲を食い潰してたらしくて。それ見たダンサーもこれはやばいと」
「イノシシ。うん」
「これは踊ってる場合じゃないぞと。身体にガタがきてる両親になんもかもやらせるわけにはいかんと。で、荒らされた田んぼの復旧に汗水流していたんやけど、必死になりすぎておれに連絡すんの忘れてたんやな。んで、そのダンサーの父さんが、代わりにおれに電話をかけてきたと」
「なんで父さんがダンサーのスケジュール把握してんの」
 父さんとダンサーで微妙に語呂がいいな、と、私はなんだか愉快な気分になってきている。
「父さんがそのダンサーのマネージャーみたいなこともやってるんよ。だから文面では知ってたんやけど。声聴いたんは初」
 頭を掻きながら、アダムは階段を登っていく。
「赤字」
「お土産は?」
「カジサヤ〜」
 階段の途中で振り返り、アダムはニチャッと笑っている。
「大吟醸と純米吟醸、どっちがいい?」
「ひゃ〜そんなことある?」
「うん。どっちがいい?」
「美味しいほう」
「どっちがいい?」
「純米大吟醸〜」
「純米吟醸ね」
 私とアダムが日本酒でご機嫌になっているとイモリがバイトから帰ってきて、リビングでだらだら飲んでいる私たちに流されることなく淡々とそぼろ丼を作って食べていた。

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 その日の夜、アダムとイモリがそれぞれ自室に籠もりはじめてから、日本酒がいい具合にまわった頭でヨシノへ手紙を書いた。
「いま、京都で、私が書いているこの手紙を、あなたがどんな気持ちで読むことになるのか、私にはわかりません。
 でも、あなたがきっとこの文章を、とても大切に、背筋をしゃんと伸ばしてまっすぐに、慈しむように読んでくれているであろうことは、目の前に立ち現れてきそうなほどくっきりとしたりんかくを持って、私の脳裏に浮かんできます。
 こんなに言葉を尽くして、顔を合わせて、ときには喜怒哀楽やそれ以上の、湧き上がる感情をむき出しにしてお互いと接してきた私とあなただから、もはやこんな形でなにかを伝えようとする必要もないのかもしれません。
 それでも私は、あなたにこうして、言葉で、文字で、文章で、それによってにじみ出る態度みたいなもので、伝えたいことがあって、言いたいことがある。ほんのすこしでも、気持ちが伝わっていてほしい。そう願いながら、私はこの手紙を書いています。そしてそういう瞬間が、いちばん、私に、『いま、生きている』と思わせてくれるのです。
 あなたはいつだったか、『人と言葉を交わしているとき、いちばん、いま、生きているって思う』と、私に話してくれましたね。私があなたを思うとき、決まってまっさきに思い出すのは、そのときのあなたの澄み切ったまなざしです。物事を、人を、まどわされることなく、自分のからだを使ってまっすぐに見つめようとする、そのまなざしです。あなたが、初夏の京都で、自販機の灯りに照らされながら私にサッカーの話をしてくれたとき、あなたの顔を見ながら思いを巡らせたのも、そのまなざしについてです。試合の流れ、ボールの動き、相手の、味方の、サポーターの声援、それらすべてにまどわされず、ただ一心にコートを見つめ続ける、ボールボーイのようなそのまなざしについてです。
 私はあなたのボールを受け取るプレイヤーでありたいし、あなたにボールを受け渡すボールボーイでもありたい。ありたかった。ありたい。どっちだろう。まあいいや。あなたの言葉を、あなたの表情を、私は受け取り、生きていくための血肉にしていけたら。これまでもそうしてきたし、いままさにそうしているし、これからもそうしていきたい。心から、そう祈っています。

梶沙耶より

P.S.
 私はまだ、あなたに面と向かって言いたいことが、たくさんある。
 言っていないこと、言わなきゃいけないことが、たくさんある。
 これからさき、それらの言葉を、私がどれだけ自分の言葉として、自分の口から発することができるのか、わからないけれど、
 いつかまた、あのときのように話せたらいいなあ、なんて思いつつ、ひとまず筆をおくことにします。
 あなたに出会えてよかった。ほんとうに。」
 重てえ〜!
 読み返しながら、私はひとりでげらげら笑ってしまう。
 笑いながら、ヨシノの顔を思い出している。
「グリズリーには出会えそうですか」
 最後の行に書き足そうか迷ったけれど、結局やめて、私は手紙を破いてゴミ箱に捨てた。
 破り捨てる前にiPhoneで写真は撮っておくあたり、私はほんと、しょうもない先輩ですよ、三本。

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「作者、って、おもしろい言葉だと思うんだよね」
 手紙を書いているとき、夜の大文字山でヨシノが言っていたことを思い出していた。
「作家と限りなくイコールなんだけど、でも、すこし違う」
 山の中腹あたりで私たちはテントを張って、その中でキャンプ用のコンロを出して、おでん缶を温めていた。危険すぎる。テントもコンロも私が持ってきたもので、クマへの怯えや山の寒さ、雪の静けさやカメラシャッターの応酬によって頭のネジがすこしゆるんでいたのだと思う。それぞれの飛行機に乗る前に、私たちは己の愚かさによって死んでいたかもしれないのだ。
 そもそも私たちは、どうしてあのとき、大文字山を登ることにしたのだったっけ。
「例えばだれかが、なにかを、作りたい、と思って、なにかを作るかぎり、たとえ作家じゃなかったとしても、そのひとは作者ではあって」
 そのころのヨシノは丸坊主で、たしか、自分がなにかを作ること、なにかを作ろうとしていることの意味や必然性を探ろうと自問自答していて、思考が堂々巡りに陥っているころだった。
 缶の中でふつふつと煮えるおでんを見つめながらヨシノは言葉を発していた。
「自分は作家なのか作者なのか。作家になりたいのか作者になりたいのか。……なりたい、じゃないな。作家になってしまうのか、作者になってしまうのか。……これも違うな」
 私はそのとき、どんな顔をしてヨシノの言葉を聞いていたのだろう。
 なんて言葉を返したんだっけ。
「作家になれなかったとしても、ならなかったとしても、作者にはなれる。なる。なってしまう。きっとだれしもが、なにかの作者で。そしてなにかの作者であることを、だれしもが忘れてはいけないんだと思う」
 手紙をゴミ箱に捨ててから、私は玄関を出た。
 卒業後、私がこの家から東京へ引っ越すとき、アダムにお願いしてガレージにそのまま置かせてもらっている黄色いママチャリ、イエローベスパに跨って、「オアシス」まで。
 ドッグゲームだよ、統子。
 あなたも私も、作者である。

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 登山やキャンプでテントを地面に固定するための杭をペグと呼び、それを打ち付けるための槌をペグハンマーと呼ぶ。日曜大工などに使われる一般的なトンカチに対し、ただひたすらに、ペグを地面に打ち付けることのみに特化したその愚直な代物は、ヘッド後部に用意されたペグ抜き用のフックとホール以外はなんの変哲もないただの鉄槌のように見えるが、ひとたび握りしめ、地面に突き立てたペグに向かってヘッドを振り下ろしたとき、はじめて、使用者に技アリの一打を見せつけてくれる。どんなに踏み固められた地面にも、ペグは吸い込まれるように埋まっていき、ヘッドは使用者の力を極限まで増幅させて、地球の引力とともにペグの頂点に激突する。グリップは吸い付くように手に馴染んで簡単には離れず、持ち手に感じるたしかな重さすら心地良い。

 PRO.Cをハンドルに沿わせるようにして、グリップごと握りしめて、イエローベスパを走らせている。

 夜の京都で私の身体は風を切る。

 水の音以外なにも聴こえてこない。

 この世界には、私の知らないことが、たくさんある。

 それは言葉にするまでもなく、あたりまえの事実だけど、それでも私は言葉にする。実感しようとする。なぜならあたりまえのことは、あたりまえであるがゆえに、気づきにくいものだから。

「オアシスだね」
「ふふ、そうだね」

 一見なんの脈絡もないなにかとなにかが不意に繋がる瞬間。意味なんてなくても、繋がったと思ってしまうようなできごと。偶然。偶発。その中に必然を見つけようとしてしまう心の動き。

 ヨシノ。

 頭の中で一度だけ大切な人の名前を呼んで、私はハイエースのフロントガラスに、PRO.Cを力の限り振り下ろす。

 どこかで犬が鳴いた。