カーセックス(11)
ワダ、ミムラ、アイモト、ヨシダがその証人だった。あいつすぐヤるぞ。3組のカツラ。書道部の。チョロいっていうか話が早いんだよな。いやほんと、まじで。なあ。いつもの4人が青砥駅で降りてから、ワキヤマはカツラにメールを打った。アイモトたちから聞いたよ。市川真間駅で快速の通過待ちをしている電車の中で、ワキヤマはセンター問い合わせでカツラからのメールを受信する。それで?という短い返事に、俺ともやってくれんの、と同じく短い返事を送る。いくら出せんの。500円。いいよ。いいのかよ。今日ならいいよ。いいのかよ。東中山駅で降りて、駅を出ずにすぐ反対側の電車に乗って、折り返す。京成中山、鬼越、京成八幡、菅野、市川真間、国府台、江戸川、京成小岩、京成高砂、青砥、お花茶屋、堀切菖蒲園……。普段通過する駅、乗る駅、降りる駅。反対方向に一駅進むだけで、世界が違って見える。あそこの商店街では、コンビニが潰れて八百屋ができたらしい。あそこのラーメン屋の店主は生け捕ったネズミをペットの蛇に与えているらしい。あそこの学校の校舎は病院を改装してできたもので、視聴覚室はもともと霊安室だったらしい。あそこの駅ではよく人が飛び降りる。あそこの道で映画が撮られた。あそこの公園でコバヤシとムトウがディープキスしていた。自分の口から語られたゴシップ、他人の口から出たゴシップ、それらが後景に退き、べっとりと景色に張り付いたゴシップごと自分の身体から引き剥がされていくような感覚に、ワキヤマはなった。千住大橋で降りる。ワダもミムラもアイモトもヨシダもそれぞれの部活や予備校で一緒に下校できないとき、ワキヤマはたまにカツラと学校から駅までの短い一本道を歩くことがあった。ワキヤマは成田方面、カツラは上野方面だから、いつも改札を通過したあとふたりは別れる。だから今日はめずらしく、改札を通過したあと、ふたりは落ち合った。千住大橋の駅前で、ふたりは立ったまましばらく話した。もう夕方も終わりごろだ。なんとなく話のタイミングを掴みそこねていたワキヤマに代わって、行こうか、こっち、とカツラが言って、ふたりは歩き出した。日光街道に出て南に進み、隅田川を越えてから脇道に入って少し歩いたところにカツラの住む一軒家があった。電気はすべて消えていて、人の気配はない。ちょっと待ってて、とカツラが言い残してひとりで家に入っていく。細くて静かな道の真ん中で、ワキヤマは携帯電話をパカパカ開いたり閉じたりしながら、カツラを待つ。やがてカツラがチャラチャラと微かに金属音を鳴らしながらやってきて、ワキヤマの手を掴んで家の敷地内に引き入れる。え、家で?ほんとに?ワキヤマがいまさらな疑問と怯えを抱いているうちに、カツラはガレージに停まっているBMWの鍵を開けて、助手席に座った。開け放たれたドアから、ワッキーは運転席ね、と言い、いやまずはわたしが運転席いくわ、とまた車から出て、回り込んで運転席のドアを開けて、運転席にドシッと座るカツラ。ぼやぼやした気持ちで、とりあえず助手席に座り、ドアを閉めるワキヤマ。おれ免許持ってないよ。わたしもないよ。はあ?とワキヤマが言うか言わないかのタイミングでカツラは勢いよくアクセルを踏む。むうんむおんおおおおおおんんん!!!!!ギア入れなかったら、進まないから。音、出るだけだから。すごい音出るだけだから。言いながらカツラは運転席を出て、助手席に回り込んで、ドアを開けてワキヤマを車から出す。今度はワッキーが運転席。わたし助手席。わけのわからないまま言われるがままにワキヤマは運転席に座り、ドアを閉める。助手席に座ったカツラが、500円、と言ってワキヤマのほうに手のひらを差し出す。は?500円。どういうこと。500円。いや、え?セックスなめんな。え……。なめんな。カツラはもう一度、ワキヤマの眼を見て言う。セックスなめんな。それは、たかだか500円でセックスできると思うなよってことなのか、裸になって身体を触り合ってきもちいーきもちいーで頭がいっぱいになることだけがセックスだと思うなよってことなのか、どっちの……とワキヤマは考えながら、カツラの眼を見て、カツラの家に電気がついていないことを思って、この車の持ち主を思って、もう一度、カツラのことをちゃんと見た。どっちでもいいや、とワキヤマは思った。エナメルバックからPUMAの財布を取り出して、500円玉をカツラの手のひらに乗せる。500円玉をポケットに入れながら、ペダル踏むだけね、ギア入れると進んじゃうからと言うカツラ。わかった。両手でおずおずとハンドルを握って、ペダルを踏むワキヤマ。弱々しくエンジン音が鳴る。ペダルを踏むワキヤマ。もっと、と言うカツラ。何度か繰り返されてから、手握ってもいい?と訊くワキヤマ。500円、と言うカツラ。渡すワキヤマ。ワキヤマから渡された500円玉2枚を持って、あとでこれでマック行こう、と言うカツラ。ギアを入れると進んでしまう。ワキヤマは思う。進んだとして、向かう先なんてあるのだろうか。