バヤリース
たまに行く銭湯が瓶のバヤリースを売っていた。それがいつしかなくなって、ついには銭湯自体もなくなってしまった。悲しかったけど、寂しかったけど、それでどうというわけでもなく、友達と深刻な喧嘩をすることも仕事で変なミスをやらかすことも電車の乗り継ぎに失敗することも特になく、いやあるけど、それと瓶のバヤリースとは関係なく、代わりのようなものを見つけて銭湯のことも瓶のバヤリースのこともたまに思い出すくらいになってたぶんあともうすこししたら思い出ですらなくなる。いやいや、思い出ではあり続けるんだろうけど、わざわざ思い出す思い出、ではなくなるはず。なんでわたしは、こんなに必死なんだろう。
誕生日プレゼントにコーヒーメーカーを貰った。わたしは水瓶座で、水瓶座は全星座の中で群を抜いてかっこいい星座だと思っているから誕生日というより星座を祝ってほしい。干支なら卯年が良かったのだけどわたしは亥年で、まあそれは仕方がない。仕事で出会う人にはそれとなく生まれ年を訊いて、それが卯年なら心の中で拳を握る。卯年生まれの良きバディに亥年のわたしがなれるのならばそれでいい。それがいい。
コーヒーメーカーはなかなかに壊れにくい家電だと思う。その年貰ったコーヒーメーカーを使い続けているうちに干支が一周して、住処は三度変わった。今住んでいるのは五階建てのマンションの四階で、角部屋南向きなのは気に入っているけれどエレベーターがないからきっとずっとは住まない。マンションの隣には「スナック方向性」という名前のスナックがあって、ある日の朝、道を歩いていると店の前に置かれた空き瓶のケースが目に留まる。バヤリース。なんでわたしはこんなに必死なんだろう。