0014 グレゴリー

グレゴリー

 バイトから帰るとドアポストに佐川の不在届が挟まっていて、ポケットを探って鍵を取り出しつつもう片方の手でそれを取った。表、裏、表、裏、といってもどっちが表でどっちが裏なのか俺にはわからないが玄関で靴を脱いでからぴらぴらと交互に眺めて、ご依頼主様、の欄に何かしら書かれているが、酷い殴り書きで判読できない。最近何かを注文した覚えはないから中身を推察することもできない。明日は休日で、休日の午前、宅配便のチャイムで目覚めるのはなんだか甘美で気に入っていて、だから俺はいつもそうするように午前指定で再配達を申し込んで、不在届をシンクに置き、そのままキッチンにノースフェイスのショルダーを置いて服も全部脱いで入浴や排泄をちゃっちゃと済ませて布団に入り、あとは歯を磨くだけだな、毎日歯を磨くのって意識せずにできる人とそうでない人がいるよな、と思っているうちに、
 11時半、チャイム起床。厚手のビニール袋を乱雑に梱包したようなものが届いて、なんじゃらほいほいな〜とふにゃふにゃ歌いながら爪で梱包を破く。グレゴリーの、真っ黒な、ぼろぼろのバックパックが出てきて、それで俺は自分の学生時代に引き戻される。
 都内のしょうもない四年制大学の、しょうもない麻雀サークルに入っていた。年齢ばらばらの7〜8人が、飽きることなくっていうかきっとすべてに飽き切っていたのだが毎日集まって牌を弄っていた。そのサークルの、いつも集まっていた部室のようなプレハブ小屋(その昔、ラグビー部が倉庫として使っていたが、老朽化だったか何かの理由でラグビー部の倉庫は別の場所へと移り、なんでか取り壊されないまま残されたその場所に、穀象虫が米びつに湧くようにいつのまにかだらしない学生がひとりまたひとりと入り浸り始めたのがその麻雀サークルの起源らしかった)の、隅っこの方にいつも置かれていたバックパック。これはたぶん、それだ。
 麻雀牌のセットはいつも、グレゴリーの中に入れていた。何代か前の先輩が牌と一緒に置いていったものらしく、グレゴリーの表面には国旗を象った刺繍が点々と施されていた。旅好きの先輩だったのだろう。国外へ行くたびに、現地で刺繍屋を探して、国旗を縫ってもらっていたらしい。すべて伝聞。俺はその先輩の名前も知らない。俺にその話をしてきた自称パチプロのOBも、名前までは知らなかったのではないか。かなり歳の離れた先輩なのだろう。その話がほんとうならば。
 くたびれて、煮すぎたわかめのようになっているグレゴリーの、縫われた国旗を見つめる。誰が送ってきた? グレゴリーを抱くようにして立ち上がり、シンクに置かれた不在票を改めて見下ろしてみても、やはり判読できない。サークルの奴らとは、もうかなり長い間連絡を取っていない。心当たりがなかった。
 キッチンの壁際、ガスコンロ前の床に昨夜からそのままの状態で置かれているノースフェイスに視線を移す。少し前に買ったのだが、しっくりきていなかった。ちょうどいいから、ノースフェイスからグレゴリーに財布やiPadや本を詰め替えて、家を出た。グレゴリーは「山のロールスロイス」と呼ばれているらしい。「だれに?」「ファンに」「グレゴリーファン」「そうそう」。最近連絡を取り合うようになった女と電話で話しながら、どうでもいい気分で、とりあえず駅前のヴェローチェまで、歩いている。