0010 カーセックス(2)

カーセックス(2)

 ミズホは名前を呼ばれるのが好きだ。自分の名前に、ミズホというその名前によって他人の喉から発生(発声)する音の連なりに、不満がないというのは良いことだとミズホは思う。だから産婦人科の待合室で、名前ではなく番号で呼び出されたとき、あんなに暗い気持ちになったのだ。もちろん、それだけが原因ではないということくらい、ミズホはわかっている。トモハルは何度もミズホを呼ぶ。ミズホはそれにいちいち言葉を返すようなことはしない。トモハルの汗をミズホは舐める。首筋から耳の裏。額。肩。脇腹。真っ昼間にこんな体勢でいたら通行人に見られてしまうかもしれないじゃないか。ミズホの心配をトモハルは知らない。トモハルには知らないことがもうひとつある。ミズホはもうひとつの心配事を、トモハルに共有するべきかどうか、迷っている。トモハルがミズホを呼ぶ。トモハルの息が荒くなる。小学校のプールの匂い。心配事がまたひとつ。