2026年9月
9月に読んでいたもの
井上雄彦『バガボンド』1〜24巻(講談社)
能地克宜『犀星という仮構』(森話社)
9月に見ていたもの
ぽこピーの回覧板 in 石川
ピーナッツくん『PQ』(Hulu)

9月1日(火)
夜。『ホームページ』の注文が何冊か入り、発送準備をする。それ以外はずっと緊張状態にあった。動悸がはげしい感じ。
いま東京にいたらもっとやばかったのかもしれない。夜とか。金沢はどこへ行ってもかんたんにひとりきりになれるから。
9月2日(水)
だるい、ねむい、おもたい気分のなか『パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語』をちまちま進めていた。
Xでここ数日のわたしのポストにがっつり絡んできているアカウントがあって、確認するとすでにブロックされていた。ブロックしたアカウントの投稿が見れるようになったのって明らか改悪だよな〜と思いつつそのアカウントのポストを洗いざらい見ると、というか、そこまで見なくてもそのアカウント(その人)がクチロロの(あるいは三浦さんの)熱心なファンであることは明白で、すみませんね、と思う。わたしも、たとえば契約社員でもなんでもないいちリスナーだったとして(というかそういう自分は未だにわたしのなかにいるのだが)、今回の「仲西森奈」の立ち回りを見たらフツーにイラッとするし嫌悪感抱くし、この「仲西森奈」とかいう出しゃばりのことを大嫌いになるだろうなと思う。
前作『パラノマサイトFILE23 本所七不思議』はもっとこう、バトロワ系というか、妖怪大戦争感がややあったのだけど、今作はもっとしっとり土着的なストーリーで、ゲームシリーズとしての幅を模索する段階なんだろうかなどと思ったりしつつ、集中し切れず、緊張状態のなかにある。
日付が変わるか変わらないかのころに往復書簡の2通目が公開された。激しい動機をやり過ごしつつすこしずつ読む。これ(往復書簡)、想定よりずっとずっとしんどい営為だぞ。
まあでも、どこにも何も書かずだんまりで居続けてもそれはそれで同じくらいしんどかっただろう。なので避けられなかった。公にそれが開陳されることになるかならないかの違いでしかない。
自分のコンディションを鑑みて、すぐに再応答できるかわからないなと思い、その旨をXにも投稿する。三浦さんにも個人的にほぼ同じ内容を送る。むりやり布団に入った。
9月3日(木)
朝というか昼ごろに起きるとXで昨日わたしがした「すぐには無理かもだけど必ず再応答します」という旨のポストにがっつり絡んできているアカウントがあって、確認すると昨日ブロックされた人だった。わざわざブロックを介助してわたしにガンガンに絡んできていた。「□□□のみならず日本も出て一生戻って来ないで下さい」との由。国王みたいな言い草だなとも、まあそう思う人もいるよなとも思う。
それだけなら全然いいのだけど、「じゃない夜」を一緒にやっているみうらさん(クチロロの三浦さんと「じゃない夜」のみうらさんがいるのがややこしいところである)に向かって引用リポストで謎に攻撃しはじめていて、それはさすがに度を超えているので反応することにした。クチロロの広報用アカウントにリプライをした上で「訴訟リスクに備えたほうがいい」「ヘッダーの(仲西森奈の)顔を塗りつぶしたほうがいいのでは」などとポストしているのも、いらぬ火種を生みそうで気になったので、引用した上で「訴訟するつもりはないし、あったら往復書簡なんてやらないし、正直その発想すらなかった」などとはっきり否定しておく。
「大好きなバンド/グループ/アーティストが9年ぶりにリリースした新曲(しかもめっちゃ良い)を、ぽっと出かつ端役の、メンバーなのかどうかすらハッキリしない新参者が難癖をつけ、泥を塗り、せっかくリリースされた新曲がキャンセルされかけている(ように見える)」という状況への、なんというか、シラける議題を持ち出してきやがった新参者(仲西森奈)への殺意、嫌悪、怨嗟はわかるだけにあんまり強く「やめてください」とも言えない。真に関係のない友達(みうらさん)に飛び火させることと、マジで想定すらしていない訴訟云々の話を勝手に盛り上げられるのだけは誰も幸せにならないので止めるべきと判断し、自分の感情に蓋をして応対した。いくつかのポストのスクショは一応撮っておきつつ。
それで今日は午前から一日の気力体力を使い果たし、自分を肯定する気持ちが1ミリも湧かずにゆっくり支度をした。14時すぎに恋人が来て、21美の展示へ行くことになっている。
14時半ごろ、恋人にしてはとてもめずらしく連絡無しに遅刻しているので、ここ最近のメンタルによって良からぬ想像ばかりしてしまう。金沢市内の交通事故とか調べてしまう。どきどきどきどきしていたら恋人がやってきて安堵した。安堵している様を見て恋人は笑っていた。
昨日の夜はまともにご飯を食べておらず、今日もまだなにも食べていない。ということを知った恋人はわたしを21美ではなくラーメン屋へ連れて行った。道中、ここ最近のことを話す。そばにこういう人(個人的でシリアスな話題とは無関係でいてくれて、他人事として適度に聞き流してくれて、どっしり構えてくれる人)がいてくれるのはほんとうに助かるなと思った。ラーメン屋で二郎系ラーメン(麺ふつう野菜すくなめ)を頼んだ。学生ぶりかもしれない、二郎系を食べるのは。
幸い店内はガラガラだったのでラーメンらしからぬ速度でちまちまと食べながら、話していた。
往復書簡が始まってから、数人の契約社員から個人的に連絡をもらっていた。数人というか、ほぼ半数か。詳細はなにも書かないけれど、「(声をあげてくれて)助かる」といった内容もなかにはあった。わたしは今回、クチロロの正社員メンバー(三浦さん、シゲさん、せいこうさん)よりもむしろわたし以外の契約社員メンバー一同に対して申し訳ない気持ちを抱いていて、ほんとうにごめんと思い続けている。だから、その数人からの連絡にはすこし救われる思いがした。
した、が。「結局、貧乏くじを引く(声をあげる)のはその場において一番マイノリティ性を引き受けることになる人間なんだな」という、複雑な思いもまた同時に生まれる。同じような思いを抱いている人は内部にも何人かいた。けれど、ここまでの行動を起こすほど切実に(死活問題として)捉えていたのはおそらくわたしくらいだったわけだ。なんなんだろうほんとに。こうしてマイノリティはマジョリティにタダ乗りされていくんだなという気持ちはどうしても抱いてしまう。
結局わたしがトランスジェンダーじゃなければよかったんだろうな。
マジョリティならよかったのに。
みんなと一緒ならよかった。
そういうことを恋人に話した。恋人もまた個人的なことを話してくれた。そのすべてをここには書かないけれど、「だからぼくらみたいな人間は、もう、貧乏くじを引き続けるしかないんだよ」というようなことを言ってきた。そうなんだろうな。そうなんだと思う。そうなのかな。
それでいいのか。
それから21美へ行って、企画展。ギリヤークの映像作品だけを観て帰った。
9月4日(金)
夜、近所の公園のベンチまで行ってタバコを吸うのに最近ハマっている。ハマっているというか、そうしたほうがいいと判断してここ数日続けている。ずっと家にいたら死んでしまう。公園のベンチでタバコを吸っているあいだ、極力なにも考えないようにしている。LIBROのここ数年の曲はいいな、と思う。ここ数年のLIBROは真っ当にスピっている感じがして好感が持てる。
「じゃない夜」配信。虫回。ここ最近のなかでもいちばん良い回なのでは。
いろんな人にごめんなさいと思う。自分に対して死ねとも。
