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2026年8月

2026年8月


8月に読んでいたもの
町屋良平『生活』(新潮社)
村上春樹『夏帆─The Tale of KAHO─』(新潮社)
田村穂隆『霧に貌』(書肆侃侃房)
森見登美彦『新釈 走れメロス』(祥伝社)
町屋良平『IDOL』(太田出版)

8月に見ていたもの
M・ナイト・シャマラン『アンブレイカブル』
『さよならララ』ほか、アニメ作品いくつか
YouTubeの主にぽこピー関連の動画
常見陽平×東浩紀(+木下ちがや+黒岩里奈)『〝リベラル〟はなぜ嫌われているのか』(以下シラス)
『【突発】植田ウォッチ将暉が四国と令和人文主義を語る緊急生放送。』
東浩紀×桂大介(+上田洋子)『『2001年宇宙の旅』は人類史の最高傑作/『平和と愚かさ』はM!LKだった/POPOPOほか雑談【#リベテク 8月号2次会】』
小泉悠×清水亮『この世界の片隅にある戦争──核と安全保障、軍都、記憶』
三宅香帆×綿野恵太×植田将暉『みんな推したいというけれど──『推したちとどう生きるか』刊行記念』
『東浩紀がいま考えていること──『テーマパーク化する地球』刊行記念(2019/6/14収録)【#ゲンロンアーカイブス 31】』


8月1日(土)

人に頼るのをやめるのではなく、頼り方を変えよう。

北國新聞の購読が昨日で終わった。もうわたしの家の玄関先に配達員は来ない。新聞は我が家に投函されない。すこしさみしい。

新聞整理。去年の12月頭から積んでいた。新聞も積読と言っていいのだろうか。1日1日スクラップしていく。石川県において毎年12月恒例の鵜様に関するニュースが最高だった。毎年歳末になると古来の手法で海鵜を捕まえて神社までお連れし(鵜様道中)、神社に放った鵜様の行動で来年の吉凶を占うという行事がある。海鵜の捕獲場所から神社までの道中には鵜様とその捕獲者が泊まるための旅館も用意されている。人の手によって捕まえられた海鵜は捕まった時点で神の使い・鵜様になり、解き放たれると再びただの海鵜に戻る。震災の起こる前年(つまり直前)、2023年の鵜様は蝋燭の前で9分間微動だにしなかったという。これは前代未聞らしく、震災が起こる前から「来年は何かある」というお告げがくだっていたのだ。震災後の2024年は海鵜がうまいこと捕獲できなかった。そして去年。去年の鵜様は蝋燭に向かって前進したらしい。つまり、復興が進む……!!!!!!とても面白い。ニコニコしながらスクラップしていく。新聞を読んでいるときのわたしはずっとふくふくと笑っている。

北國新聞には(そして顔も名前も知らない配達員には)ずいぶん助けられた。新聞にはわたしの精神の回復の手伝いをしてもらった。

星野源「Mad Hope」を聴きながら家事をこなす。この曲は意味や景が掴めない歌詞(単語や短文の羅列)なのだけど聴いていて明るい、励まされるような気分になるのは、歌詞の母音に「iou(いおう/言おう)」「aou(あおう/会おう)」という音が頻出するからかもしれない。意味の掴みづらい言葉の羅列だからこそ母音の印象が前に出る。子音が形づくる言葉のイメージと母音が支える音のイメージがこの曲は逆転していて、母音が言葉のイメージを形づくり、子音がそれを支えているように聴こえる。そして英語詞部分の音は「This is the way, this is the way(iiae iiae(言い合え、言い合え))」「Wish you, wish you (iu iu(言う、言う))」と聴こえる。英語詞の部分がちゃんと日本語詞の母音のレスポンスみたいに鳴っていて、子音ではなく母音が意味になったうえで対応している。

いおう あおう
いいおおおお
あおう いおう
あいお おいえお
いおう あおう
あいおおいお
おうおう えあい
いあう あいあお

いいお あおう
いいおおおお
おうおう いおう
あえお ああいえお
いおう あおう
あいいいおうお
おうおう いえあい
いおう あいあお

いおう うあおう
あいおあおおお
あおう いおう
あいお あいえお
いおう うおう
あいおあいおう
おうおう いあい
いあう あいあお
──星野源「Mad Hope」歌詞(日本語部分の母音)

気になって書き出してみた。こうして書き出してみると思ったより「iou」「aou」は多くないのかもしれない。

夜、町屋良平『生活』を読み終えた。読み終えてしまったと言ったほうが正しいような気もする。数カ月かけてゆっくりじっくり読んできた。それが終わってしまってとてもさみしい。そして、とんでもない小説だった。町屋良平は『ほんのこども』あたりから繰り返し繰り返し同じ事、同じ問題意識を執拗にそれでいて別の角度から描き続けていて、『生きる演技』『恋の幽霊』『私の小説』『生活』と徐々にその問題意識を描く手管も熟達してきているように思う。現代の日本人小説家においてこれほどまでに〝殺意〟について深く潜りこむよう書いている人もいないのでは。町屋良平には探偵モノのミステリをいつか書いてほしい。えげつない、かつてないホワイダニットが読めそうだ。

わたしにとって「『あずまんが大王』みたい」という言葉は最大の褒め言葉なのだが(大袈裟ではなくわたしの人生を変えたし命を救った作品なので)、『生活』はまさに「『あずまんが大王』みたい」な小説だった。3年で終わらない『あずまんが大王』を読ませてもらった気分。ほんとうにありがとう。今年はもう、この小説を繰り返し読めばそれで充分なのかもしれない。

短歌講座の概要文、第2稿書き終え。良くなった。と思う。すっかり朝が近い。

8月2日(日)

ばかみたいに眠い。バイトをする。どうにかこうにか働き終える。ゴミがひっつきすぎてゴミみたいになったスライムみたいな心地。

書店から『名付けたものどもを追う道筋を歩きながら、』『ロングストローク』の発注がきた。ほんっっっ…………、とうに、ありがたい。こうして一件一件、1店舗1店舗、やりとりを重ねて発注されていくと、大袈裟だけど世界やいま生きていることへの信頼感というか、明るさが取り戻されていくかのよう。相手にされなかったり無視されたりすることだって当然たくさんあるわけだけど、1件・1店の発注がそれまでの不発を帳消しにしてくれるような心地でいる。

7月半ばに配信したメルマガでわたしはだいぶ大仰なこと、アホな野望を書いた気がするけれど(わたしひとりで文壇を超える云々)、そういったイキりは結局のところ、手を動かして人と関われていないから醸成できる類のものだったりもする。若いころトガりまくっていたバンドマンやアーティストが歳を重ねて丸くなっていくのは老いや活力の減退だけが理由ではなくて、生き残るために誰しもが行う人付き合い、手を動かして泥臭く事を進めていくその積み重ねのなかで世界やいま生きていることをどんどん信頼していき、明るくなっていくことにも起因しているような気がする。要するに、想像力の回路が増えるということ。

とはいえ、イキりがすべて愚かで駄目かと言われるとそういうわけでもなく、いや、たぶん愚かではあるのだが、エネルギッシュな思考の発散であることはたしかなので、適度にイキるべきでもあるのだろう、きっと。「適度にイキるべきなんだろうな」と思いながらイキる奴とか小賢しすぎて嫌だが。想像力の回路に乏しかったとしても、活力は活力だ。ないよりあったほうがいい。イキったうえで手を動かし、人と付き合い、都度丸くなる。

まあ、人付き合いの結果、世界への信頼を一気に失ったり、立ち上がれないほど傷つくようなことだってあるのだけど。というより、基本的には人生、そういうことばかりなのだけど。

恋人が来た。スマブラをする。シュルクで一度だけ負けてしまい反省。その後は気持ちを律してクラウドでボコボコにした。二度と負けない。

文章の書けなさについての恋人の話を聞く。工房のウェブサイトのテキスト部分の材料出し、というかテキストのラフスケッチをお願いしていて、けれどそれがほんとうに進まないらしく。たしかに共有しているドキュメント上には一向に文章になっていかない単語や短文レベルのものしか並んでおらず、苦心が見えた。

「でもあなたはさ、ギャラリーへの営業にはよく行くわけじゃない。そのときはちゃんと話せるわけでしょう?」「うん」「じゃあ、そのときみたいに。おしゃべりみたいに書けばいいんだよ。想像のなかの聞き手、想像のなかの話し手。いままで出会ってきた人、あるいは自分が請け負ってきた役割をもやもや〜っとひとつの漠然としたペルソナにまとめあげて、それとお話しするみたいに書くの。その文字起こしをするみたいに」「そんなことできなくない?」

うーん、そうだなあ。

「たとえばさっき、あなたは海の話をしたよね」「うん」「だからー……。そうだな。それで言うと……。ちょっと前にふたりで海に行ったでしょ。内灘」「行った」「で、いま、あなたがその話をわたしにしているとするじゃん」「うん」「内灘の海に行けたのよかったね、楽しかったねーって。で、あ、海といえばさ、この前友達と海水浴に行ったんだけど〜、って、さっきあなたが話してくれた話に接続できるよね」「うん」「で、海水浴にたまたまいた男の子の、沖に流されかけた浮き輪をあなたが泳いで取ってあげたんでしょ」「うん」「その話をする。で、そこから、あ〜浮き輪。浮き輪って、浮き輪かあ、そういえばいつから浮き輪を使わなくなったんだろうな。という話に」「すごい、なっちゃんになった」「え」「ものすごい勢いでなっちゃんの話になった」「え、うん」「めっちゃなっちゃんだよそれ」「おお」

どう書くか、どう文章の展開を作るか、の話をしていたら恋人から「あなた(なっちゃん)らしすぎる」との言葉をいただいた。そうなんだ。これってめっちゃわたしらしいんだ。

恋人は帰り、発送準備は完了。本とダンボールの隙間に新聞紙をこよったり握ったりしたものを詰めていると、本の寝床を作っているみたいでほっこりする。そんな悠長なことを思っていられるのも発送タスクがまだ少ないから。ほっこりしないくらい発注が来てほしいという気持ちと、このほっこりは維持したいなという気持ちと……。

深夜、Podcast『シットとシッポ』の「過保護と放課後」回を視聴。たまに途切れつつも初回から聴き続けていて、このPodcastで荘子itを知っていった身としてこの回を聴いていて、福尾匠と同じ驚き方をしてしまった。荘子it……。人生だなあ。

短歌講座の概要は明日で一旦ひとだんらく。

8月3日(月)

9時半ごろ目覚め、やべーあと30分で支度しないと、と思いつつ1時間後に家を出た。石引の医療センターへGO。

身体に未来がないこと(生殖機能がないこと)について、どう向き合ったらいいのかいまだにわからないというか、深く向き合うと壊れそうな気配もあって、やはりこういうことは小説を書いていくなかで期せずしてふっと出てくるものに頼るしかないのかもしれない。などと産婦人科の待合室にいる若い夫婦を視界に収めつつ思う。エコー検査に来ているらしいことがわかる会話をしていた。とっても未来だ。そしてわたしは今回も無事滞りなくホルモンの貼付剤をゲット。待合室のテレビでゴボウ茶の通販がひたすら流れていたのだけど企業名が「あじかん」で、それが連呼されるもんだからずっとゴッチの顔が脳裏にあった。

調剤薬局は今日システムエラーか何かで決済ができないから次回お越しの際にまとめてお会計してくださいとのことで、ただただ貼付剤を渡されただけで終わったのだけど、そんなんでいいのか。わたしが今後ここに来なくなったらこのお会計はどうなるんだ。

あつい。あつい。あつい。日傘をさしてもあっつい。と思いながら帰宅。部屋でしばらく涼んでから再び家を出て郵便局へ行き、昨日梱包した書籍を書店へ発送した。好きだなあ、発送。帰りにマツキヨで綿棒やらボディタオルやら洗顔用ネットやらを買う。こういうものをまとめて刷新・補充するときの幸福感ってほんとなんなんだろう。わたしのなかで、生活部門におけるかなり上位の幸福かもしれない。

短歌講座用にいままでつくった全短歌のなかから自選20首を作っていて、全短歌と言いつつ数が膨大なので検討できていない作品は多量にある。いなちゃんにわたしの私家版第二歌集『日記』のなかから好きな歌を選り抜いてほしいと頼んでいて、そのデータが送られてきた。『日記』は出した時期が時期、コンセプトがコンセプトなだけに自己評価がとても難しい(身も蓋もなく言うと再読が苦痛な)作品で、どうにも選べずにいたのだが、選り抜いてくれた歌を見てみるとたしかに良い歌が揃っており、そんなに卑下しなくてもいい作品なのかもしれないなという気持ちになれてありがたかった。『日記』はいつか再販したい(形式的にべつにいますぐにでも再販できるのだけど、なんとなく納得できていなくていまは売り止めている)。精選版と称してもうちょっとコンパクトな形にして売ろうか。さすがに優先順位はそこまで高くないけれど、でも、形を考えていきたい。

帰り、そうめんを爆食いし、書店への営業。ダンボールワンで60サイズのダンボールを20個頼んだので、それが無くなる程度には受注されたい。とはいえまだわたしが出版社を立ち上げていない段階(ショートスパンコールの1巻と3巻目がまだない段階)での営業はやはりすこし歪でやりづらさもあり、はやくもっとシンプルに売っていける形にしたいなという思いが募る。いまのままでは駄目だ。

ときわ書房志津ステーションビル店が閉店するらしい。ときわ書房志津ステーションビル店といえば関口さん……と思っていたら本屋lighthouseのメルマガが配信された。

奪い合いの相手は娯楽産業だけではない。飲食産業ともしているし、そのほかあらゆる産業と奪い合っている、というのが事実だ。私が本を1冊買ったとき、映画は1本観られなかった。あるいはラーメンを1杯食べるのを諦めた。服を買わなかった。バスに乗らずに歩いた。髪を切ってもらうのを先延ばしにした。整体に行かなかった。そのとき映画館のスタッフやラーメン屋の店主や服屋のオーナーやバスの運転手や美容師やマッサージ師は、そのぶんの利益=賃金を得られなかった。そしてかれらはそのぶんだけ、本を買えなかった。本屋の私は収入が減った。パイの総量が増えない中での奪い合いとは、そういうことだ。最近の本屋は本を売る以外の収益を得ることで成り立たせるスタイルが定着しているが、たとえばカフェ併設本屋にすることで周辺のカフェの売上はそのぶんだけ減っているだろう。でもそうでもしないと生きていけないから、仕方なくやっている。それもまた厳然たる事実だ。ようするに、社会という土台が貧弱になれば、その土台の上にいるほかない私たちもまた貧弱になり、貧弱な者どうしで貧弱な所有物の奪い合いをせざるを得ない、ということだ。
──ときわ書房志津ステーションビル店の閉店に際しての、個人的なあれやこれや(本屋lighthouseのニュースレター)

https://book-lighthouse.theletter.jp/posts/cf86da32-6192-49f9-9e10-9ca30423fc01?utm_medium=email&utm_source=newsletter&utm_campaign=cf86da32-6192-49f9-9e10-9ca30423fc01

本が好きでときわ書房志津店への来店を選択していた人たちは、きっとまた別の本屋を苦労しつつも見つけ、面倒だと思いつつも通ったりするようになるだろう。そうではなくて、別に本が好きなわけではないが本がそのとき「必要」で、あるいはCDが、あるいは文具が、あるいはコピー機が、そして志津店の環境とスタッフだからこそできる接客=コミュニケーションが「必要」で、近隣の別の本屋まで行くのは困難だったりする、そういう人たちがこれから行く場所はどこになるのだろうか。どこにあるのだろうか。かけがえがないとはこういうことを言う。そこにエモさのようなものは本来ない。純粋な「必要」がそこにはある。
──同前

関口さんのメルマガを読みつつ志津をGoogleマップで確認しつつ、していたら、ばくぜんと、千葉…………という気持ちになった。日本における関東における千葉は『進撃の巨人』のシャーディス教官あるいはマガト隊長のよう。彼らがいなければ確実に破滅していた物語の、けれどおそらく作中世界には名が残らず読み手にしか印象を残さない。そんな立ち位置。千葉がなければ東京の何かは確実に損なわれているはずなのだけど、という。「じゃない夜」でみうらさんが関東を「東京、埼玉、神奈川の3つをまずセットで覚えた」と語ったときの衝撃。n=1の可能性も大いにあるが、おそらくきっとそれが関東以外の地域で育った人らの平均的な感覚なのだろう。だとして、千葉。お前はほんとうにキース・シャーディスなのかもしれない。お前がいなければ立ち行かないはずなのに、お前の最後の活躍をテオ・マガト以外誰も知らず、シャーディスもマガトも歴史の闇のなかに消えていく……。

『ホームページ』の制作より前、いつごろからだったかわからないけれど、地図上で千葉(とくに北西部)を眺めると「千葉…………」という気持ちになる。ネガティブな感情ではなくかといってポジティブななんらかでもなく、あんなに(すくなくとも自分の人生のなかではいまのところいちばん)長く住んだ場所の、ごく僅かなエリアでさえわたしは、その道の路線の繋がりもいまになってしか感じ得ない「そうだったのか」という気持ちがある。わたしはたぶん志津に一度も足を踏み入れたことがない。

京都の大学に行かず、実家を出ず、ひたすら千葉に暮らし続けたとして、いまわたしは生きているのだろうか。生きていないような気がする。けれどそれは千葉がどう、とかでもない。単純に、わたし自身と血族の問題だ。

書店営業を引き続き数店にかけてから炊飯。母からは定期的に(というか、たまに)米が送られてくる。大抵は宗教米(新興宗教が管轄している、あるいは信者が運営している農園の米)なのだが今回は宗教米に加えて福岡の有機米?が送られてきていて、そちらのパッケージを開封すると手紙が同封されていた。要約すると銀座の(おそらく高級なのであろう)バーあるいはクラブのマスター(ママ)が本業の傍ら丹精込めて育てた有機米らしく、文面からしてその店の常連にお裾分けしているものらしかった。おそらく父が普段行く店なのだろう。へえ。そう。

米に罪はない。がっしがっしと研ぎ、炊飯ボタンを押す。洗い物をする。はやくこんな生活抜け出したいと思う。いつもそう思っている。なんの施しも受けずに生きていけるようになりたい。友人や先輩なんかに親族のことを話すとわりあい明るく「それはもう、頼っちゃえ」「使えるもんはどんどん使おう」みたいなことを言ってくれ、親からのお恵みあるいはお情けに自罰的なわたしはその言葉にだいぶ助けられてきたが、どこまで行ってもわたしは素直に「それはもう」「使えるもんは」とは思えない。親に申し訳ないとか情けないとか孝行したいみたいな気持ちからくる感情ではまったくなく、親から完全に解放されるには、完全に逃げおおせるにはどんなお恵みもお情けもいらない自分にならなければいけないと強く思っている(というよりそれ以外に方法はないと確信している)から。宗教虐待、ネグレクト、暴力、精神的な侵襲。うちの場合厄介なのは、両親ともに人たらしで表面上の人当たりがよく、またへんに人間味にもあふれる上に経済的にもそこそこ恵まれているため、誰もわたしの味方になってくれない(いまも昔も、親と関わりのある外部の大人たちに何を言っても信じてもらえない)ことと、あの家庭・親が地獄だと思っていたのがわたしひとりしかいなかった(妹はそこまで困難を感じていない/内部にも共感者がいない)ことによって、単にひとりで狂い(狂うとは性転換のことを指す)ひとりだけ突然変異のように様子がおかしくなった(親族にクリエイターや作家畑の人間はひとりもいない。ゆいいつ母方の祖父だけは畳職人だったが、まあ職人と作家も別物ではある)奴として親族からは見做され、半ば断絶していることで。なんというかすこし千葉っぽいなとも思ってしまう(東京が近いの恵まれてるよね、いいな、と言われがちだし実際そういう側面もあるのだが、しかし……というその〝しかし〟がないものねだりとか贅沢とかわがままとして聞く耳をもたれない感じ)。「東京が近くて恵まれている」という事実は「しかし、千葉で生きるとは」に聞く耳をもたない理由にされ、「経済的に恵まれ、人当たりのよい両親だった」という事実は「しかし、その家庭で何が起きていたのか」に聞く耳をもたない理由にされる。

トランスジェンダー。トランジションとも同じだ。わたしがわたしであることをわたししか認識していないのなら。わたしが女性であることを証明するものが世界に何一つ存在せず、わたしの言うことを誰も信じてくれないのなら、やるべきことはひとつ。まずはひとりで立つしかない。ひとりで立てるようになるしかない。食っていけるようにならないといけない。作家仕事だけでそれを目指すつもりもあまりないが、その可能性を捨てているわけでもない。心地よく働ける場所は与えられなかった〝家族〟を幻視してしまい結果的にノーガード状態になって心身が壊れてしまう(東京のときがそうだった)、けれど逆にまったく愛着を持てない死んだ心のままで働ける場所に居続けるとそれはそれで不能状態に陥る(いまのバイト先でのわたしがそうだ)。そのどちらでもない、別の食っていき方を形づくっていかなければいけない。鬱屈と怨嗟を膨らませても仕方がない。誰もわかってくれないのなら、わたしがわかっていることをわたし自身が認めてやらなくては/それで充分だと心底思えるようにならなければいけないだろう。どうしてわたしを殺しかけた人たちのお恵みやお情けで生きながらえているのだと日々思ってしまういまの状況から抜け出さなければ、いつか恋人まで巻き込んでしまうだろう。わたしは恋人と共に生きたい。手を取り合って生きていきたい。

もし将来、友達の子がわたしに親の虐待を告げてきたら、その友達とわたしがどんなに信頼し合っていて、仲が良くて、大切だったとしても、わたしは100%その子の言うことを信じ、傾聴し、味方になるつもりでいる。もしそんな子が現れたとして、それは過去のわたしだから。

それにしても、

奪い合いの相手は娯楽産業だけではない。飲食産業ともしているし、そのほかあらゆる産業と奪い合っている、というのが事実だ。私が本を1冊買ったとき、映画は1本観られなかった。あるいはラーメンを1杯食べるのを諦めた。服を買わなかった。バスに乗らずに歩いた。髪を切ってもらうのを先延ばしにした。整体に行かなかった。そのとき映画館のスタッフやラーメン屋の店主や服屋のオーナーやバスの運転手や美容師やマッサージ師は、そのぶんの利益=賃金を得られなかった。そしてかれらはそのぶんだけ、本を買えなかった。本屋の私は収入が減った。パイの総量が増えない中での奪い合いとは、そういうことだ。最近の本屋は本を売る以外の収益を得ることで成り立たせるスタイルが定着しているが、たとえばカフェ併設本屋にすることで周辺のカフェの売上はそのぶんだけ減っているだろう。でもそうでもしないと生きていけないから、仕方なくやっている。それもまた厳然たる事実だ。ようするに、社会という土台が貧弱になれば、その土台の上にいるほかない私たちもまた貧弱になり、貧弱な者どうしで貧弱な所有物の奪い合いをせざるを得ない、ということだ。
──同前

わたしは本屋lighthouseの(関口さんの)メルマガを読んでいて、ここの部分になにかすごい可能性を感じたのだけど、それをうまく説明することができない。可能性?ともすこし違うか。なんて言ったらいいのだろう。ここにわたしが次書くべき(いや、いずれ書くかもしれない?)発想の萌芽というか、いままで自分が感じてきたことの捉え直しというか、……。この文章にわたしがなにを見たか。端的に言うと「〝奪い合い〟と〝かけがえのなさ〟はトレードオフなのかもしれない」ということ。そしてわたしはこの〝奪い合い〟≒〝かけがえのなさ〟に自覚的になることによって、10代を生き延びた経験・記憶が明確にあるということ……。関口さんはこの箇所をきっとそんなつもりでは書いていないのだけど、わたしはこの部分をとてもポジティブに読めてしまった。そして、その(書き手と読み手の)感覚のギャップに、正直言ってゾクゾクしてしまった。

いや、違う。これはトレードオフの話ではない。

トレードオフなのではなく、ふたつは(〝奪い合い〟と〝かけがえのなさ〟は)同じなのだ。かけがえなさの排他性。これはきっと「友達とそのこどもがいたとして(そしてそのこどもが虐待を主張していたとして)、わたしは子の側に立つ」という話ともおそらく繋がっているし、親からの施しがわたしの日々を養いつつわたしの生を縛っていることとも、ひとりで立たねばならないと思いつつ恋人と共に生きたいと願うこととも、繋がっている。ケアとは特定の相手や状況を偏って見ること、つまり偏見と根は同じで、その〝偏って見る〟ことを〝ケア〟として錬成していくか〝偏見〟として錬成していくかの違い。なのかな。錬成ともまた違うか。考えがまとまらないが、そんなことを思う。眠いぞ。

8月4日(火)