ナビゲーター(四角四面に右往左往)
〈ぴんぽ〜〜ん〉
……。
……。
〈ぴんぽ、ぴんぽ〜〜ん〉
……。
……。
〈……プツッ〉
あっす〜みませんおやすみのところおやすみでしたよねすみませんほんと。
お荷物、お届けに参りました。え〜わたくしども、え、説明委員会の、
宇城っす!
川城と申します……。え、も、それはもう、あ、は、そうですね。
お荷物なんすけど、どこ置けばいっすか?
あの〜、けっこう重いんですけど、あ、いえいえわたくしどものお気持ちが、ではなくてですね、あの、お荷物のほう、あ、いやいやわたくしどもがお荷物というわけではなく、あの、おそらくそういうことではなく、このですね、え、カメラでいま見えておりますでしょうか、この……あ見えてますか見えてますよねそりゃはは、は、ダンボールなんですけれど、ああいえもちろんダンボールそれ自体がお荷物というわけでは決してないわけなのでございましてですね、え〜。
川城さんスマホ、
え?
スマホ、鳴ってます。
ああ、ほんとうだ、でも宇城くん、これは鳴っているんじゃなくて、震えているんだよ。
鳴っているようなもんじゃないすか。
説明委員会たるもの、そんな説明ではいけませんね。
正鵠を射る表現が正確な理解に繋がることばかりがこの世界じゃないっすよ川城さん。
ご覧の通り……いやお聴きの通りですかね、この通り相変わらず一向に手八丁にならない口八丁でして……。
口八丁も八丁のうちっすよ川城さん。
八丁がなにかわかってるんですかあなたほんとに。ああいえいえ、そんな、こんなこちょこちょした言葉の応酬をこんな、ね、こんな、マンションの、そこそこ高いこんな、高層のね、マンションの、インターホンの前の、共用廊下エリアの、リノリウムと申しますかね、ちょっと違いますかね、このつるりとした床面の、上に立って、足を踏みしめて、しかと屹立して、カメラ越しに、あなた様に、見せ続けるためにわたくしども、ここへ来たわけじゃございませんからね。
どうしますか。さっき川城さん言ってたっすけど、けっこう重いんすよ、これ。
あなた様がインターホンの通話ボタンを押してくださって、こうして我々は扉に阻まれつつ、阻まれることなく会話ができているというわけなんですけどもね。あなた様がもし、通話ボタンを押してからインターホンのディスプレイ画面を見つめ続けておられるのなら、カメラに映っているわたくしどもを見てくださっているのなら、この状態、この、わたくしどもの息遣いの意味が、おわかりになっているかと思うのですが、この、はっ……、む、この、……ッ、
川城さん無理っすこれやっぱ一旦置きましょう無理す。
あっ宇城くんあっ待って、
なん、なんすか。
そっと置こう。ゆっくり。
……。
……。
……は……ぁっく。
……っすう〜……。はい。はあ。よかった。腰が……あっすみません、カメラ、見えておりますでしょうか。繋がって、見えているということでわたくし続けますけれども。宇城くん?
っす! え〜っとえっとえっと、あぁあったあった。え〜、緊急事態宣言下における浮空期男性の特別休暇及び在宅勤務への移行に伴う、諸手続き代理、ないし、基本的生活環境の維持、管理、における、え〜諸般の購買行動カッコ当事者の浮空状態によっては例外的に家政代理含む場合ありカッコトジ代理、を、説明委員会、川城、宇城が引き受けるものとする。と、いう、ですね、この紙ペラが、
紙ペラとか言わないよ宇城くん。
紙が、
封書が、
封書が、え〜どこからなのかな、どこかから、届いていると思うんすけども、
その、川城と宇城が、
ぼくらってことっすね。
というわけでですね、なにかとロックダウンな昨今、生活上、職務上の困難多き浮空期男性諸氏にはですね、すこしでも安心、安全、快適、享楽的な享楽は言いすぎですねあはは安心安全快適な浮空生活をですね、していただこうというわけで、お国のお声がかかってわたくしども、こうしてブーバーミーツ、あっブーバーミーツというのが先程宇城くんが説明させていただいたわたくしども説明委員会の緊急事態宣言下における業務名、サービス名でありまして、ちなみにブーバーというのは18、19世紀に活躍したユダヤ人哲学者のことでですね、ブーバーとミーツする、そういうわけでブーバーミーツなんですけれど、そういうわけでここに立っているわけでございます。説明とは、説命である。説明委員会には子々孫々、代々、語り継がれ受け継がれてきた訓示がいくつもございます。一寸の説明にも誤謬の魂。これもわたくし、もう20年以上前になりますかね、説明委員の先輩から教わった言葉なのですが、ちなみにその先輩は長城といいまして、いまでは説明委員会を束ねる説明委員長に
どうしますお荷物、印鑑いらないんすけど。
ああごめんなさい、わたくしとしたことが。いきすぎた説明は演説になる。これも長城さんのお言葉なのですが、まだまだ説明委員として未熟極まりない存在であることがあなた様にも露呈してしまいました、お恥ずかしい。
ここ置いときましょうか? でも重いしな。鍵、開けていただければ、玄関までは入れるっすよ。
それにしても、あなた様はたしか浮空期2日目でしたかね。ブーバーミーツはAppleのヘルスケアアプリと情報連携をとっておりますので、あなた様の諸状態は説明をせずとも、ええ。説明させるのではない、説明させていただくのだ。これも訓示のひとつです。説明はわたくしどもの務め。あなた様に説明のお手間をとらせることは決してございませんのでご安心ください。
あ、でも浮空期だから重さは関係ないか。浮かせば重さとか関係ないすもんね。
〈プツッ〉
あ。
あっ。
〈ぴんぽ〜〜ん〉
……。
……。
〈……プツッ〉
……あ、よかった。
よかった。いえ、わかっておりますよ。あなた様が故意に通話を切ったわけではないということは。ええ、わかっております。それにしても通話という言葉は存外バリエーションに富んだ言葉ですね。こうして他者と他者が、別々の場所、まあ別々の場所でなくとも通話は可能といえば可能なわけですが、一定の距離を置いて、なにかで遮られた空間、それは途方も無い距離である場合もありますし、窓や扉、衝立や天井、酸素や水、無数の他者、光、なんて場合もありそうですが、そういった遮断を飛び越えて、あるいは貫通して、こうして声で他者と他者が繋がる。繋がって、話をする。通話、とはよく言ったものですし、電話、とはよく言ったものですね。こうして電波を通じてわたくしどもとあなた様はいま、声で繋がっている。少々乱暴なことを言えば、声で繋がっていればなんだって通話なのかもしれません。糸電話、公衆電話、固定電話、携帯電話、トランシーバー、インターホン、パソコン。会話とは通話で、通話とは会話、なのかもしれませんし、もはやそれは人間同士でなくともいいわけです。山びこなんかも、あれは山と人とが、山が人の声を借りるという形で通話している、ということなのかもしれません。シュプレヒコールのようなものは、国や政治と群衆、観客と舞台、そういった大きな存在と多数の他者が声で繋がる可能性をはらんだ手段、瞬間、通話、なのかもしれませんし。そしてそれぞれの通話手段にも細かなバリエーションがある。糸電話といえど、どんな紙コップで、どんな糸で、どんな長さでそれを作るか、によって、声の通り方伝わり方は変わっていくはずです。公衆電話にだってバリエーションがある。どこに設置されているか。駅か。駅だとしたらどんな駅のどんな場所なのか。キオスクの横か、コンコースの隅っこか、改札の脇か、ホームか。コンビニの前か。それはどんな街のどんなコンビニなのか。道の途中、大通りや路地裏。タバコ屋の前。喫茶店や、古びた中華料理屋の店内。空港。海外の公衆電話。それはいったいどういう形で、どういう料金体系で、どういう材質でできていて、どういう色で、どういう重さで、どういう場所にあるものなのでしょうか。固定電話。さまざまな機種。さまざまな機能。携帯電話。ガラケーにもスマートフォンにもいろいろあります。パソコンですとZOOMやSkypeなんかが主流ですよね。MSNメッセンジャーなんてものもありました。LINEやFacebook Messengerはスマートフォンやタブレットで使う人のほうが多いのでしょうか。トランシーバーで人はなにを話すのでしょう。モールス信号。アマチュア無線機につながれたモールス通信用の電鍵。そしてインターホンです。interなphone。あなた様とわたくしどもがつかの間声と声で繋がる、いま、目の前にある、この装置。しかしinterであるのはいまこの場合あなた様の方で、わたくしどもは外側の存在、extraな存在なわけであります。エクストラであり、エキストラでもあるのかもしれない。Extraphoneというものが、言葉が、あるとして、それはいまわたくしどもがあなた様に向かって声を届けているこの、Interphoneの玄関子機、ということに、なるのでしょうか。ああいえいえそんなことはいいんです。「いきすぎた説明は演説になる」ですね。これはいけない。いやいやほんとうに……。というわけで、ははどんなわけなんだというあなた様の疑問はごもっともですね、というわけで、ああ、そうそう、情報連携の話でしたね。情報連携の話というよりこれはあなた様の話なのですが、あなた様はそのワンピースをずいぶんと大切に、何年も着ていらっしゃる。浮空期男性が浮空期にルームウェアとしてワンピースを着用することはなにも珍しいことではありませんよ。ええ。わかります。わたくし川城にも、そして宇城くんにも、あたりまえのように浮空期はやってくる。浮空した身体にとって簡便に身に纏うことのできる衣服はありがたい存在ですよね。浮いた身体でパンツやズボンや靴下やシャツをひとつひとつ身に纏っていくのは面倒極まりない。わかります。ええ。スポッとワンアクションで済ませることのできるワンピース。こんなに安心できるルームウェアはありません。しかしユニクロは、GUは、ライトオンは、しまむらは、PUMAはNIKEはNORTH FACEはpatagoniaは、なぜ浮空期男性用の衣服を作らないのでしょう。浮空期をタブー視する風潮があるからこその説明委員会なのだということは重々承知してはいるのですよ。それで我々おまんまを食わせていただいていることも承知の上です。ですが、わたくしたまに悔しくなります。涙が出そう。出そうに、なります。すみません。どうして説明委員会は日々説明に奔走しなければならないのかと。なぜ説明委員会がこの世に存在するのかと。いったいどういった理屈で我々男性は浮空期について口を硬く閉ざさねばならないのかと。社会で浮遊する男性が無視され続けるこの現状はなんなのだろうと。こうしてインターホンの、親機の前で浮遊しながら、ワンピース姿で、画面越しに、わたくしどもを見つめているあなた様の、すこしでもお役に立つことができたら。説明委員会ブーバーミーツ担当としてわたくし強く強く思うわけでございます。あなた様はわたくしどもが最初のインターホンを鳴らす30分ほど前に起床なされた。ゆっくりと、浮いた身体をベッドからリビングの床へ滑らせるように移動して。まずiPhoneを充電ケーブルに挿し込んで、それからまたゆっくりとキッチンへ向かい、まずコーヒーを淹れた。あなた様はいつも、コーヒーを豆の状態で買って、淹れるときにいちいち挽いている。あなた様は浅すぎない程度の浅煎りがお好きだ。そうしてコーヒーを淹れ、シンクの前に立ちながら、浮きながら、ちびちびとコーヒーを口にふくみ、今日やらなければいけないことをひとつひとつ思い出していくあなた様。明日はビン・カン・プラの日だから溜まっている空き缶、主にサッポロ黒ラベルの350ml缶ですね、それをまとめて捨ててしまいたい、もう玄関脇にはその用意がある、捨てるために昨夜、浮いた身体をさらに浮かせるようにして、浮空期特有の情緒不安定による涙を拭いながら、空き缶をビニール袋にまとめた。それなのに、ああそれなのに、どうしても気分が浮かない。なにもかもが億劫でめんどうくさい。外に出たくない。外に出るためにはこの着古して生地がてろてろになったワンピースを脱いで、最大公約数的平凡な浮空期一般男性ですよって顔して、浮いてますけど浮いてないですよって顔して、1階のゴミステーションまで行かなければならない。わかりますよ。わかりますし、わかっております。情報連携はとれておりますから。ええ。あなた様は思った。ゴミの日は巡る、何度でも、と。今週、今日明日、必ず、是が非でも捨てなければいけない、そんなことはないのだ、と。今日はもう、会社から言い渡されていたいくつかの事務的なタスクをこなしたら、あとはもう、眠ってしまおう。コーヒーが美味しい。やはりコーヒーは浅煎りがいい。マグカップを持ちながら、リビングへ戻る。先月末から始まった大規模な耐震工事のせいでベランダには単管とクランプ、工事のための足場が張り巡らされていて、その足場を作業員が行き来するから、カーテンを開け放つこともできない。ドリルなのかなんなのか、粒子が荒く、太い振動音が部屋の中にぎばらららららと入り込んでくる。不思議と
〈プツッ〉
〈ぴんぽ〜〜ん〉
〈……プツッ〉
僕はこの振動音を心地よく思っていた。地に足がついていないからなのか、力強い振動が浮いた身体にすっと入ってくる感覚。自分自身が振動を媒介させているような、アンプスピーカーになっているような。ベッドの上のiPhoneが光っている。昨夜は充電ケーブルに挿さないまま眠ってしまって、朝になったら電池が切れていたのだった。映画や舞台、ライブの公演前、iPhoneの電源を落として、公演後、また電源をつけたとき、溜まっていた通知がぱぱぱぱぱ、と遅れて画面にあらわれる、あの瞬間が僕は好きだ。人間が眠りから覚めたときに似ている。すこし遅れて現実が立ち上がってくるあの感じ、そういう感じが、かわいいな、と思うし、自分が世界に必要とされている、求められているような感覚にもなる。映画の、舞台の、ライブの数時間、電波の世界から消えていただけで、自分が目を通すための通知が溜まっていく。ロック解除や既読を待っているアプリ、待っている人、そういう存在が自分にもいるのだということ。どんな通知だってうれしい。基本的には。マグカップをサイドテーブルに置いて、もう一度ベッドで横に浮く。両手を下腹部のあたりで組んで、眼を閉じる。ハイジかよ、と思ってから、ハイジってこんなシーンあったっけ、と思う。ハイジじゃないなこれは。シンデレラでもない。白雪姫か。姫じゃないな。姫じゃねえわ。いいなあ。姫というか、女はいいな。自分の身体、しかも股間から、血が定期的に出るというのはたしかに大変なことだとは思うけど、ナプキンがある。タンポンがある、専用の下着がある。周期を予測するアプリがあって、女同士で出血の話題を共有できる程度には社会に開かれている。それに比べて男はどうだ。浮空期について男同士で語り合う場なんてまるで用意されていない。浮空期を楽しく過ごすためのほにゃらら、なんてサービスはないし、雑誌なんかで浮空期が特集されることもない。iPhoneが鳴っている。鳴っているんじゃなくて、震えている。Slackの通知で、同僚から再来週のミーティング資料が送られてきていた。PDFファイルを開く気になれない。iPhoneを枕元に投げるように置いて、また眼を閉じる。ぎばららららら。ぎばらぎばぎばらららら。気持ちいい。作業員同士のやりとりがかすかに聞こえる。たしかにそれは声だけど、車の走行音やドリルの振動音、なにかが単管にぶつかるカンカンカンという金属音に阻まれて、声ということだけがわかる、ただの音として僕の耳に届いてくる。まあでも。でも……語り合う場、みたいなもの、そういう関係性は、用意されるものではなくて、こちらから用意するものなのかもしれないな。iPhoneをもう一度手にとって、Slackを開く。iPadで見たほうが良かったかも、とも思いつつ、そのためだけにテーブルに置かれたiPadを取りに動くのも億劫だった。弊社WebデザインリニューアルMTG資料というタイトルのPDFファイルをタップして、ざっと読む。ハンバーガーメニューについての項目を読んでいるところでお腹が鳴って、ハンバーガーという字面だけでマクドナルドの気分になっている自分が素直すぎてにやにやした。にやにやしながら自分のお腹を撫でて、注文しようか、どうしようか、と思っているとインターホンが鳴って、僕は縦に浮いてベッドから滑るように降りる。
〈プツッ〉
〈ぴんぽ〜〜ん〉
〈……プツッ〉
インターホンのカメラの前で、川城と宇城は大きなダンボール箱をふたりがかりで持ち上げていて、ふたりはカメラを見つめている。カメラを通して、この部屋に住む男を見つめている。
じゃあ、そういうわけでこれ、ここ、置いとくっすね。
ありがとうございます。またなにかありましたら、いつでも。
っしゃ〜疲れた。川城さんマック行きません?
宇城くんまだ、まだ、あっすみませんほんとに、へへ。それでは、失礼しますね。説明委員会の川城と、
宇城ッした!あざすぅ〜。