オリエンタル・プレイ
【総勢一人の百鬼夜行】
https://■■■■■■■■■■■■■■■■.hatenadiary.org/
2009-10-14
〈新型とか近況とか〉
地味にお久しぶりですどうもどうも〜総勢でござい。
えーと、いつぶりだ……?半年ぶり?
見てる人いるんだろうか……
まあ、いいや。
とりあえずてきとーに近況報告をば
えっと、まあ、色々ありました。
kai(幼馴染ですね)とタイガーが撮る映画の主役に抜擢されて、出たし。
映画のナレーター(?)みたいな、実況みたいなこともしたし。
いやー、しかしアホな内容の映画だった。
「高校生映画甲子園」なるコンクールに送ったらしいけど、あんな内容で果たして選ばれるのか。
タイガー曰く「まあ一次審査くらいは通過すんじゃね?」とのこと。うーん……
まあ、意外と楽しかった。というか、かなり楽しかった、またああいう馬鹿馬鹿しいことやりたいわー。
大学行ったら映画サークルなんか入るのも良いかもとか思っちゃったり。
やば、書き方わかんなくなってるわ。
あ、あと、彼女が出来ました。
いやー、しかしまたできるとは思ってなかった……告白してみるもんだね。
前の彼女とはね……まあ……俺があり得ない失態を犯してしまったのでね……。
今度はもうそういうことはしないように注意しよう、うん。
もう二度と上半身裸のままバスに乗ったりしない、絶対に。
あとはそうだな……。あ、夏に富士山のぼりました。
意外と楽に山頂まで行けて、なんか拍子抜けだった。
まあ、五合目からのぼったんだけどね。
夏は色々行ったなあ、海に山に……図書館に……。
来年はこんな遊んでばっかいらんないよなあ。浪人だけはしたくないし。
さらにさかのぼって、そういえば一月はkaiと二人で仙台に行ってきたんですよ。
鈍行列車で、青春18きっぷで、片道10時間近くかけて行きました、長かった……
本当は青森に行く予定だったんだけどね、恐山が閉山中でやむなく仙台に。
まあ、青森は車の免許とってからだなあ、行くとしても。
そして急に最近の話に戻りますが、ワタクシ総勢、新型インフルにかかってしまいました。
一時期は39.5℃も熱が出ちゃって、いやもう大変でした。
もう熱は下がったんだけど、解熱後二日間は学校に来ちゃダメ!という先生からのお達しにより、まだしばらく学校に行けないのです。
あー、暇。
と、いうわけで、このまま自然消滅しそうな勢いで更新が停滞してたんですが、まあこんな感じでゆるゆるとやってきます。
企画もね、やったはいいけど書くのがめんどくさくてね……まあそれもおいおい、こういう暇なときにでも書いていきます。
ではでは。
2009-10-22
〈あに、ねむらざるや、えんや。〉
どうもどうも総勢です。ええテストです。テスト期間ですよはいはいテストテスト。そんなことはどうだっていいんですよ。タイガーと今度企画をやろうと思っています。書いてねえ。まだ前やったやつも書けてねえ。いいんだいいんだ。貯金だ貯金。やあにしても久々。久々くらいが需要と供給トントンなんじゃなかろうか。タイガー、あの子いま高熱でダウン中らしいけど大丈夫かしらん。まあ俺にできることなんてないのさ。這い上がれ、いや上がんな、平熱に戻れ、下がれ、タイガー。俺とSkypeをするんだ。kaiと三人でPodcastでも録ろうや。
・五年も使っているオンボロ携帯のメモ帳がいっぱいになってしまった。南無三(使い方あってる?)
・買いたい本とかいちいちメモしてたらあっちゅうまに文字制限をオーバーしてしまう。
・足の親指の第一関節の下あたりに生えてる毛がやたら長い、抜きたいけどとても痛い。
・なぜか腿の毛が太い。抜きたいけど痛い。
・ついでに眉毛もなんとなく太いような気がする。
・最近モミアゲとアゴヒゲが繋がってきた、うれしい。
・インフルで学校休んでいる間、やたら暇だったからチン毛を全剃りしてみた。チクチクして痛い。
・母方の祖父も父方の祖父もツルツルに禿げているから、自分は将来100%禿げるんだなあと思うと悲しい。
・明日の化学のテスト、シャレにならないくらいやばい。こんなことやってる場合じゃない。
・いまだにkaiが会う度に仙台旅行でのあれこれについて掘り返してくる。もうやめてくれ。
・タイガーの幼馴染と映画撮影ぶりにばったり再会した。
箇条書きにする意味よ。8割毛に関することだし。
あと最近は岩井俊二のことが気になっております。何から観るべきか。四月物語?
2009-11-13
〈大事なものほど溶けていく〉
こんちゃ〜すどうもどうも総勢です。四川省と箱庭諸島で時間が溶けていく。まただよ。エンディングが明確にあるってことがゲームの良さだと思っていた中学生の俺へ、そのまま四川省と箱庭諸島を知らないまま軟式ボールをぽこぽこテニスラケットで打っといてくださいな。あといまの俺へ。週明けの英単語テスト、まじ頼んだからな。
2009-11-14
〈こんばんは〉
朝です。どうもどうも総勢です。いや、違うんだ。何がって感じだけど。違うんだ。躍起になって寿司打の自己ベストを更新しようとしていたわけではないんだ。四川省でもないんだ。(色々あって)タイガーとチャットしていたらお互い眠れない感じになっていって、けっきょく初代マリオをやっていたんだ。俺がね。タイガーはなんか俺とチャットしながら授業の予習(授業の予習!)をしているとかなんとかで、器用。俺は(初代マリオは)8面まで行って、そこらへんで全部雑になって死にまくる。タイガーは牛乳寒天とパンナコッタと杏仁豆腐とマンゴープリンの違いがわかっていなかった。マンゴープリンはわかるだろ。パンナコッタはパンナコッタって名前じゃないだろ絶対って話にもなって、酒が飲める年齢まであと数年ってことが信じられん、って話にもなった。フジファブリックは結局TEENAGERだよね、っていう話も出た。お腹はコーラでいっぱい♬朝まで聴くんだAC/DC♬
眠い。
2009-12-08
〈オナニー幸福論〉
男も女も大人も子供も白人も黒人も黄色人種も社会人も学生も先生も生徒も日本人もアメリカ人もイタリア人もチェチェン人も総理大臣も大統領も天皇もクー・クラックス・クランもロスト・ジェネレーションもヤリマンもヤリチンも処女も童貞もヤクザもカタギも、みんなみんな、オナニーしてるんだよなあ、と考えると、どんなことも許せるような気がする。落ち込むことがあったり、人やモノにムカついたり、悲しみに暮れたり、何かとてつもなくひどい目にあったとき、そんな想像をすると、心が穏やかになる。への字口が微笑みに変わる。なんでも許せるような気持ちになって、ああ、みんなそうやって生きてるんだなぁ、と思う。敵も味方も、自国も他国も、いじめっ子もいじめられっ子も、絶頂に達する瞬間は、それぞれの場所で、たった一人なのだ。すべての垣根を飛び越えて、ただのニンゲン、ただの動物になるのだ。戦争、紛争、争い、諍い。すべてを超えて、すべてを忘れて、人はオナニーをする。どこかの国と国が戦争を起こしそうになったとき、みんながそんな想像をしていれば、すべてがバカバカしくなって、あーもういいよやめよーぜドンパチ、と言い出す人がたくさん現れるんじゃないだろうか。だって嫌だ。安心して、穏やかな場所で、絶対的に一人でいられる場所で、確実にオナニーができなくなる世界なんて。そんなの絶対に嫌だ。みんな、嫌なはずだ。ともすれば、オナニーは世界を平和にする、たった一つの完璧な手段なのかもしれない。さあ、みんなで想像しよう。シンクオナニー。ラブアンドピースアンドオナニー。総勢でした(何)
【2002年】
午後5時半。帰りの会も終わりダラダラと居残っていた女子もいなくなり、朝礼台のあたりでたむろしていた男子も帰り支度をはじめたころ、ぼくは4年2組の教室の、一番後ろの席よりさらに後ろ、ベランダに通じる窓と、掃除用具が入っている巨人の筆箱みたいな灰色の物置との間、すきっ歯みたいに微かに空いたスペースで、静かにうずくまっているミヨシを見下ろしていた。
「ねえ」
ぼくは右腕に持っているホッチキスをパン屋のトングみたいにカチカチ鳴らしながら、ミヨシに声をかけ続ける。
「ねえって、ば」
ば、という声と同時に、身体を抱え込みすぎて膝小僧の奥に埋もれそうになっているミヨシのアゴ下あたりを、足でやさしく蹴り上げてやる。やさしく、というのは、ぎりぎりアザにならないレベル、ということだ。
「早く受け取ってほしいな」
できるだけ穏やかに、のんびりとした口調でぼくは言う。蹴り上げたことにより顔が上がり、けれど目線だけは木製タイルの床面あちこちを泳がせているミヨシの、その目線の先に、ぼくはホッチキスを差し出してやる。
「これ。ホッチキス。ぼくのなんだけど」
「ふ……」ミヨシの視界がホッチキスを避けようとしているのがわかる。
「おーい」
ぼくはゆっくりかがみこんでミヨシのちいさなアゴをつまむ。夕日の残りカスみたいな光が二重窓からミヨシの顔を半分照らしている。つやつや光るミヨシの鼻に自分の鼻をそっとくっつける。最初目を逸らしていたミヨシは、そうしないとぼくが一生この体勢のまま動かないとでも思ったのか、意を決したようにぼくの目を見た。いい子だ。かわいい子。ぞくぞくする。うっすらと口元だけで笑いながら半歩引いて、さっき蹴り上げたミヨシのアゴを見る。うん、アザにはならないはず。上履きの先端をもうすこし硬く改造できないかな。ライターで炙ったら、どうだろうか。
極度の緊張でまばたきを忘れているのか、ミヨシの眼が水気を帯び、涙が目尻に溜まりはじめていた。いじらしい、ってこういうことだろうか。昨夜、家に帰りたくなくて居座り続けた古本屋のワゴンに置かれていた、西村京太郎のトラベルミステリを思い出す。ミヨシ、ああ。再度ミヨシに顔を近づけ、額と額がぶつかりそうになったところでミヨシは衝突の予感に目をつぶり、ぼくはそれを確認してから顔を横にそらせて、しめった唇でミヨシの右目尻にキスをした。唇を離すとき、ミヨシの皮膚とぼくの唇が唾液によって作られた線で一瞬繋がり、風よりも微かな音と共にまた離れた。その唾液の跡を確認するようにミヨシの目尻を舌先でなぞる。その間ミヨシは何度も身体を小さく震わせていて、ぼくは思わず荒い鼻息を漏らしてしまう。ミヨシについたぼくの唾液が、消えていく夕日とは対象的に存在感を増していく廊下側の蛍光灯に白々しく照らされてテラテラと光っている。その姿に圧倒的な美しさを感じながら、ぼくは感動を悟られないように呼吸を整えてから顔を離し、両脛の前で硬く結ばれているミヨシの腕を解き、ホッチキスを手渡した。
「かんたんだよ」ミヨシの手首を強く握ってぼくは言う。「すぐ、ほら。すぐだよ」
「あの、ぼく」ミヨシの目は手渡されたホッチキスとぼくの顔を行ったり来たりしていた。
「ぼく?」
「ぼくは、は。ぼく、は、……」言葉がそのまま口から出てこないもどかしさからか、ミヨシは小さく折りたたんでいた両足をさらに内へ内へと押し込んでいくように下半身をもぞもぞ動かした。
「だいじょうぶだよ」ぼくはこれまでで一番やさしい声を出す。「こうやってね、それを、口の中へ入れて、ベロをちょっとだけ上げてね。その、ベロに、その、ホッチキスを挟み込んでね、あとは、手に力を入れるだけだよ」
「う。ふ」ぼくが言葉を区切るたびに、ミヨシは首を縦に振ったり横に振ったりしている。もう、よくわからなくなっているんだろう。この状況が。この時間が。
ぼくがミヨシをこうして追い詰めはじめてから、すでに1時間は経っていた。
短く刈り込まれたミヨシの頭を、人馴れした猫にそうするように撫でる。ランドセルの肩紐を律儀に掴んで通学路を歩くミヨシ。理科の実験で試験管を落として口を半開きにしたまま右往左往するミヨシ。昼休みの最初から最後まで自分の机で手塚治虫『三つ目がとおる』を読んでいるミヨシ。音読がへたくそなミヨシ。あらゆるミヨシがぼくの頭に浮かび、そしていま、極限まで追い詰められ、なすがまま、ぼくに頭を撫でられているミヨシと繋がる。誰よりも地味でドジで目立たない日陰者。と、自分で思い込んでいるミヨシ。そのミヨシにぼくはいま、スポットライトを当てているんだ。誰よりもミヨシがミヨシらしく輝く瞬間に、ぼくは立ち会っている。みぞおちのあたりを思い切り蹴り上げたい衝動を押さえつけながら、ぼくはミヨシに声をかける。
「さあ。ほら。だいじょうぶ。だいじょうぶなんだよ」
−−−−−−−−−−
保険の授業。担任の柏木が粘膜のような笑みを浮かべて、
「さてみんなに問題です。赤ちゃんは、なーんーで、できるの、で、しょうか」
黒板に同じ言葉を書きながらぼくらに問う。
静かに騒がしくなった教室で、ぼくはひとりシラけた気分で机の隅を指でこすっていた。手をつなぐ! なんだよそれカンタンすぎだろ。そういう特別な手術があるんだよきっと。どういう手術だよ。愛し合っていれば自然にできるんじゃないかなって思います。だから自然ってなんなんだって。ていうかそれオレら必要? 男子は口々に自らの考察を発表し、別の男子や女子がそれに難癖をつけ、不服申し立てをする。柏木は黒板の端に「みんなの答え」と書き、ひとりひとりの意見を馬鹿丁寧に書き並べていった。
「そんなの決まってんじゃん」
ぼくのすぐ後ろの席でチートスが声を上げる。
「キスだよキス」
チートスは、訳知り顔と、訳知り顔での発言に真実味をもたせるのがときおり妙にうまい。アルコールランプを外したビーカーの中身のように場がサアッと静まる。一呼吸置いて
「わたし、ちっちゃいころ弟とキスしたことあるけど、子供できなかったよ」
教室の窓側から数えて二列目の、一番前の席に座るコトが控えめに反論する。コトは学校生活における大抵の局面で基本的には静観と日和見に徹するタチだが、チートスの言動にはなにかと突っかかるクセがあるのだ。
「それはさ」淀みなくチートスは言う。「そのころはまだ、オレらの体にそういう、えっと子供ができる機能? みたいなのがちゃんとできてなかったんだよ」
教室の数人から、おー……、という、納得と感心が入り混じった声が漏れる。柏木はそんな教室を一望してにやにや笑っていた。
「キスの仕方も関係、あると思う。あと、確率、みたいなのも、あるんだと思う。キスしたら100パーセント子供が産まれるわけじゃないっていうか」
そこまで言ってチートスは黙り、教室の空気も、なにやらそれぞれが考え込んでいるのか、表立って発言をする者はいなくなってしまった。コトチーも、机の一点を見つめるようにして、黙って腕を組んでいる。これ以上この場では発言しないほうがいいと思ったのだろう。
ぼくは脚を投げ出して頬杖をつきながら、誰も座っていない目の前の席にぼんやり視界を合わせていた。ミヨシは今日、学校を休んだ。すこし、やり過ぎたか。ミヨシの机の引き出しに、昨日ぼくが渡したピンク色のホッチキスが入れられているのが見えて、体が熱くなっていくのを感じる。何度か脚を組み替えながら、頬杖をやめてピンと背筋を正してみる。それを見ていた柏木が、なにを勘違いしたのか、
「トラくん、どう思う」
ぼくに発言を促してきた。
ざわめきが収まり、教室中の顔という顔がぼくの方向を見る。チートスもきっと、目の前にあるぼくの背中をじっと見つめているのだろう。コトは腕を組んだまま首だけを曲げて、眉間にしわを寄せてぼくを見ていた。無垢な子供を演じておけば何も問題のない話題に対してお願いだからヘンな真似しないでよ、といった顔だ。コトの左隣に座っているガンバは両肘を机につけた状態で微動だにしない。眠っているのだろう。柏木から一番近い席に座っていながら、大した度胸だ。というより鈍感なのか。その姿がマタギに仕留められたヒグマのようで、ぼくは目を細める。
「不思議だよねえ、よく、コウノトリが運んでくるんだよ、なんて言うけど、ほんとなのかなあ。お父さんお母さんに、そういうこと、聞いたことあるかな。みんなのお父さんお母さんは、なんて答えたのかな。ほんとうは、どういう仕組みで、みんなは産まれたのかなあ、ねえ? トラくん、ねえ?」
「ちんことまんこです」
ぼくは舌打ちのかわりに舌を上顎に強く押し付けてから口を開け、間髪入れずに言ってやる。言葉に合わせて口の中で舌がうにうに動く。コトの鼻から息が漏れる音が聞こえたような気がした。
「正しくは女性器、膣、ヴァギナと、男性器、陰茎、ペニス、二つの生殖器が結合し、ペニスから発射される精液に含まれる精子というオタマジャクシ状の生殖細胞がヴァギナの奥を進み卵子という細胞と接触、結合することにより細胞分裂が起こり胎児、つまり現在のぼくたちの原型のようなものができあがっていきます。ちなみにペニスから精液を発射させるためには恒常的かつ的確な刺激が必要とされていて、ああそうだった、女性器にもある程度の刺激が必要ですね、その刺激を自らで自らの生殖器に与える場合もあり、これを一般的にオナニー、または自慰と言います。そして主に男性と女性がお互いの生殖器を刺激し合うことを性交、エッチ、セックスと呼び、これは一般的にお互いを恋い慕っている者同士が行うものだと世間一般では認識されています」
「はい、よく知っているねえ」
男、女、ヴァギナ、ペニス、精子、卵子、生殖器。柏木はぼくの発言を聞きながら、キーワードを抜き取って黒板に書き出していた。知っている者、知らない者、知らないまでも予感や予兆めいた感情を抱えていた者、眠っている者、それぞれの反応がここで一気に分かれる。こいつはいまなにを言ったんだろうという顔できょとんとしている数名。気まずそうな数名。動揺をごまかすためか、椅子に座り直すひとり、ふたり。ガンバのちいさないびき。顔をうつむけている男子、女子。醜くニタニタ笑う男子。顔を近づけてこそこそなにごとかささやき合っている女子、女子、男子、女子。教室の空気が微妙に変化したのを遅ればせながら察知したのか、ガンバの体が大きくビクンと揺れ、それからゆっくりと上半身が持ち上がり、何事もなかったかのように柏木の板書を眺め始めた。寝起きに周囲を見渡さないあたり、さすが居眠りのプロだ。チートスは机から思いっきり身を乗り出して、なあ、つまりどういうこと、とぼくの耳元で言う。コトはもうぼくを見ていない。ガンバの肩を叩き、振り向かせてからコトは自らの口元に人差し指を当て、そのまま線を引くようにして人差し指を顎に移動させた。よだれ、たれてる。ガンバが手の甲で口元を拭う。コトはそれを見て小さくうなずき、スカートの裾を直しがてら、椅子に座り直した。
ぼくは無性に腹が立って、もう一度舌を上顎に強く押し付けた。ダメなんだ。こういう状況が。知っていながらなにも言わない連中の醸し出すぬるい空気で気絶しそうになる。へたくそな演技。耐えきれずに出た大きな舌打ちに、なんだよ、なにキレてんだよ、と身を乗り出したままでいたチートスが体を椅子に戻した。ぼくは貧乏ゆすりを抑えながら、にらまないように目を見開いて柏木に顔を向ける。
「そうだねトラくん。男の子の体には、ペニスという生殖器がついていますねえ。ちんちん、ちんこ、という呼び方のほうが、みんなにはなじみが深いかな。そ、し、て。こっちのほうは、知らない子のほうが多いんじゃないかなあ? 女の子の体には〜、ちんちんが付いていないねえ。付いていないよね? そのかわり、ヴァ〜ギ〜ナ、ヴァギナ、という、窪みのようなものがあります」
柏木はあくまで、まんこ、という言葉を使わない気でいるらしい。
くそばばあが……とぼくは口の中だけで言う。
詳しくは、このビデオを見てみましょうねえ。柏木はビデオテープをセットし、テレビの電源をつけた。
大人はいつからぼくらのことを侮るようになったんだろう。テレビに映る砂嵐を見つめながら、夜眠る前に頭に浮かぶいくつかの素朴な疑問のうちのひとつを思った。大人がぼくらのことを侮っていい存在だと決めたのはいつだ。何年何月何日、何時何分何秒、地球が何回周ったとき?
柏木がビデオデッキを操作して、この授業のためだけに作られました、といった感じの、いかにもな教材映像がブラウン管のテレビから流れる。学校を休んだ日の昼下がりに、観たいわけでもないけどなんとなく眺めるNHKみたいな。ざらついているけど平坦な、不思議な退屈さを帯びた女の声が、簡素な空間で男性器と女性器の模型をいじくっている人間の手の動きに合わせて、性交の説明や避妊具の解説をしていた。みんな、静かに画面を見つめている。ぼくらはもう10歳で、小学4年生で、親や先生、周囲の大人たちの平和な想定よりはるかに多くのことを、知っているし、知ってしまっているし、そしてこれからも多くのことを知ってしまうだろうという微妙な予感もちゃんと抱いている。この授業で扱われている物事についてなにも知らないような奴らも、かわりに同じくらい別のなにかを知っている。知っていること、知らないことの、なんていうか、レベルや経験値の振り分けが違うだけで、ぼくらの知識の総量はきっと同じだ。そしてきっと、大人とぼくらの知識の総量も変わらない。ドロケイの必勝陣形やドッチボール我流投球フォーム、でたらめな言葉で意思疎通をすること、ひとりひとりの言動や身なりにピタッと寄り添っているような抜群のあだ名をつける能力、優秀なペンペン草の見分けかた、泥団子をピカピカに磨き上げる手つき、百科事典で4時間遊ぶために必要な想像力とスタミナ、そういうなにもかもを大人たちは惜しげもなく捨て去って、脳みその、からっぽになった場所に別のものを、退屈ななにかを、社会の教科書に載っているたくさんの歴史上の人物、例えば織田信長、フランシスコ・ザビエル、聖徳太子、大塩平八郎、その人物画みたいな焦点の合わない眼、くすんだ顔をして、詰め込んでいく。
今日はミヨシが学校にいない。
ぼくはミヨシのことを知りたかった。
テレビの画面では、アニメーションの精子が膣の奥へ奥へと進んでいる。ぼくはミヨシの奥へ奥へ、入っていくんだ。あるいは奥へ奥へ、入ってくるミヨシを受け入れていくんだ。大人はその方法を教えてくれない、ということを、ぼくはすでに知っていた。あくびをこらえすぎて左目から涙がゆっくりたれる。にじんだ視界からでもコトのひとつにくくられた後ろ髪の形くらいはわかる。ミヨシがいないから、今日はコトとふたりで帰ることになるだろう。怒られるかな。やだな。
−−−−−−−−−−
ゴ。
いいいーん……。
眼を開けて、すぐ閉じる。
部屋の扉が半開きになっている。
ふすーん。
うすく眼を開く。廊下から光がもれて、厚ぼったい鼻息を繰り返す赤黒い頬のパパが見える。
サラミみたいに筋張ったパパの左手は、ぼくの両腕を掴んで離しそうにない。
ぼくは仰向けでバンザイしているような体勢で、パパの眼、頬、唇、額、そしてもういちど眼を見る。眼を閉じる。
「眼をあけろ」
眼を開ける。
ふすーん。
ゴ。
視界が一瞬青く、ちかちかと炸裂し、ぼくは顔をしかめようとするのを必死にこらえる。アルコールのにおいを身にまとったパパは頭突きの力加減を知らない。いいいーん……。
「おい」
パパの声を聴くと、ぼくはいつも、歌えばいいのにな、と思う。そして国語の作文を思い出す。びっくりマークをつけなくても、びっくりマークをいくつ書いても足りないくらいどこまでも響いていくその太く伸びやかな声ならば、きっとどんな歌も威厳に満ちた祈りのように美しく切実なメロディに変わるのに。
「てめえは、なんに、なりてんだ。あ?」
ゴ。ゴ。ゴ。ゴ。
ミヨシのことを思い浮かべたり、コトのことを思い浮かべたりする。体育の授業、全身がポンプになったみたいに大きく荒い呼吸を繰り返す、汗だくのガンバを思い浮かべたりする。明日は学校に行ったらガンバの机の前まで行って、昨日観た『笑う犬の冒険』の話をもう一度しよう。ガンバはホリケンが好きだから、ホリケンの言動をオーバーに真似するだろう。ぼくは泰造が好きだ。テリーとドリーのコントをふたりでふりかえって、ふりかえるだけで面白さが繰り返されるから笑ってたのしい。ユキオとひろしのネタを再現したりもするだろう。そしてコトはそんなぼくらを横目に漢字ドリルを進めたりするんだ。家にはあのお兄ちゃんがいるから、毎朝誰よりも早く学校に来て宿題を済ませているのをぼくは知っている。チートスも誘って放課後はコンビニで『ふたりエッチ』を立ち読みしよう。ああ、でも明日も、ぼくはコトと一緒に帰るのかな。ミヨシは明日も休むんだろうか。
ゴ。
「聞いてんのかっつってんだよ」
先週の音楽の時間、最高だったな。チートスがテンション上がって音楽室のボンゴをずっと叩いていたのに柏木はなんにも言わなくて。となりのパイプ椅子に座ったミヨシが手をちょこちょこ動かしていたから、なにそれ、って聞いたら、『世界に一つだけの花』の振り付け、練習してて、って。べつにいいのに恥ずかしそうにしていたな。その日だったっけ。給食の時間に教室のスピーカーから流れてくる曲があまりにも代わり映えしないから、パパとママの部屋からマイケル・フォーチュナティのアルバムを抜き取って学校に持っていって、放送委員の人たちに渡したら特に確認もせず流してくれて、ギミアーップ、ウォーオオオー、とかクラスの何人かが給食食べながらふざけて歌ったりして、そのときの柏木の顔。よかったな。
「てめえはいいよな毎日毎日メシ食ってクソしてテレビ見てそれで終わりなんだからよ。てめえオヤジがくたくたで帰ってきてその態度はねえんじゃねえの」
マキシシングル、の、マキシ、ってどういう意味なんだろう。ゴ。ぼくがすこし前に貸した『コロコロカービィ』をガンバはもう全クリしているだろうか。来週の『シャーマンキング』たのしみだな。ゴ。ゴ。いいいーん……。
「てめえ将来なんになりてえんだよ。おい」
耳鳴りが起こり、視界の中でパパの顔、腕、身体が遠くなっていく。魚眼レンズみたいに、いびつにちいさく縮んでいく。パパが黙ると家全体も静かになる。教室には教室のためのスピーカーがあるみたいに、この家はパパ専用のスピーカーなんだと思う。壁、天井、ドア、柱、すべてがパパの声に合わせて振動し、増幅されてぼくの鼓膜を打つ。ママはたぶん、寝室かキッチンでうずくまっている。明日はママのどこにアザができているか、ぼくはまばたきほどの短い時間、眼を閉じて考えてみる。鎖骨かな。数日前はこめかみだった。
なにも言葉を発しないぼくに飽きたのか。頭突きを繰り返すことに疲れたのか。壁にとまっているハエを叩き殺すようにぼくの顔面を正面から平手でぶっ叩き、パパはぼくの身体から立ち上がり部屋を出ていった。ぼくはしばらく、バンザイの体勢のまま、天井を見つめ、自分が息を吸ったり吐いたりする音を聴いていた。それから枕の下に隠してある小さなマイナスドライバーを取り出して柄の部分を強く握り、布団の中で横向きになって身体を畳むように丸め、自分の腕を見つめる。眼を閉じて、服の上から自分のペニスをそっとなでる。マイナスドライバーの先端を咥える。外で強い風が吹き、窓ガラスが音をたてて揺れる。明日はきっと寒くなる。
−−−−−−−−−−
「うそつき」
「なにが?」
「昼休み」
「ああ」ぼくは砂利をおもいっきり蹴飛ばす。「うそじゃないよ」
「うそでしょ」コトも、地面の砂利を蹴るように歩く。
高速道路の高架に沿うように進み、真間川とぶつかるところで南下して、今度は深緑色に濁った真間川に沿って、ぼくたちはもう三十分以上歩いている。コトやミヨシと一緒に学校から帰るときは、いつだって遠回りをした。遠回りというより寄り道、寄り道というよりほとんど逃避行なのかもしれなかった。車のため、大人のために架けられたいくつもの橋と、ぼくたちの歩く地面のあいだ、大人の身長ぎりぎりくらいの薄暗い道を通る。なにを獲るためなのかわからない漁船やボートが連なって停められている。柏木の髪の毛みたいな藻が水中でぬらぬらと揺れているのが薄ぼんやりと見える。砂利道には犬の糞や食べかけのカップヌードルやぼろぼろになったピンク色の手袋やコンドームが散乱している。それでもいつも、不思議と嫌な臭いはしなかった。ぼくはこの道とこの川が好きだった。たぶんコトも、そしてミヨシも。
「コト冬休みどうするの」
「どうするって?」
「なんか、するの」
「なんかって?」
「なんでもない」
ブルーシートと鉄パイプ、しめ縄、折れた踏切の棒、ベニヤ板、反射板、あべこべな材料で組まれた堅牢な小屋の前をぼくらは通り過ぎる。中から微かにラジオの音が聴こえた。
「うちにはお兄ちゃんがいるから」コトは小さくスキップするようにして、ランドセルを背負い直した。「どこにもいけない」
「男にだって生理はあるよ」ぼくは急に話題を戻した。「血は出ないけど」
「うそつき」
「うそじゃないよ」
「それは夢精」コトが身体を曲げて、ランドセルの背でぼくにぶつかってきた。「トラだってわかってるでしょそれくらい。別にわたしが気にすることでもないけどさ、なんも知らない子にそういうこと吹き込むの、あとで自分が恥ずかしくなるだけだよ」
「うそじゃない」ぼくはよろけながら、そう言うしかなかった。
〈生理〉という言葉には、もちろん〈月経〉という意味もあるけれど、〈生物の体の働き〉という意味だってある。だったら、夢精や射精、オナニーを生理と呼んだって、間違いではないんじゃないか。
いま、それをコトに言うことはできなかった。屁理屈や言い訳にしか聞こえないことも、なんとなくわかっていた。
空はもう赤かった。どこかでカラスが鳴いている。
「トラ、大丈夫?」
「なにが?」ぼくはとぼけた。
「なにが、って……」
「大丈夫だよ」ぼくは地面の石を拾って、川に向かって思いっきり投げた。石は漁船のお腹にぶつかって、硬い音をたてて川に沈んでいった。「大丈夫」
今日、一ヶ月ぶりにミヨシが学校へ来た。
あの日。柏木が授業でセックスの話をしたちょうどその日から、ミヨシはずっと学校を休んでいた。みんな、誰も、何も言わなかった。まるで最初からそれが当たり前だったかのように日々が過ぎていった。ぼくと、コト以外は。柏木だって何も言わなかった。プリントや宿題を届ける役目を誰かに任せることもなかった。ぼくの目の前の席はずっと空いていて、机の中のホッチキスはずっとそのままだった。ぼくは自分がすこしずつ自分じゃなくなっていくような、それまでの自分が絡まりあった細い糸で出来ていて、その糸が少しづつほぐされて、バラバラに散ってしまっていくような、でもそれもなにかすこし違うような……、誰かにも、自分にもうまく伝わるようにあらわすことができない、ぼやけた気分で毎日を過ごしていた。昼休み、いつも一緒に校庭を走り回るチートスも、給食の時間、牛乳のおかわりを取り合うガンバも、ぼくのそんな状態には気づいていないみたいだった。コトがぼくを見つめる表情だけが、日に日に険しくなっていった。
「さすがホトケだよね。完全に無反応だった」
コトは、柏木のことを「ホトケの柏木」と呼んだりする。いわゆる「神様仏様」のホトケではなくて、警察官が死体のことを呼ぶ俗称としての、ホトケ。らしい。
一ヶ月ぶりに学校にやってきたミヨシは一ヶ月前となにも変わらなかった。朝の会が始まる少し前に登校し、国語の授業ではたまに句読点を無視して音読し、理科の実験ではアルコールランプの消火にまごつき、昼休みは口角をわずかに上げて手塚治虫の『三つ目がとおる』をじっと読んでいた。ぼくはそんなミヨシをなるべく見ないように一日を過ごした。
ミヨシはキュロットを履いていた。
それ以外、なにも変わらない、いつものミヨシだった。
真間川が終わり、東京湾の工業地帯にたどり着く。巨大な水門は今日は閉じていた。海沿いにそびえ建つセメント工場が夕陽に照らされて膨らむように輝いている。湾の向こう岸に建ち並ぶ工場からコンテナが運ばれていく。クレーンが動く。消えそうにない煙が立ち上っている。大きな船が小さな模型みたいにちんまりと停まっている。静かだ。重たい海水の音と、母さんがベランダやキッチンや庭に置きっぱなしにするゴミ袋の中身みたいにギチギチに人を詰め込んだJR京葉線が高架を通り過ぎる音だけがはっきりと聞こえてくる。コトとぼくはしばらく立ち止まって、それらすべてを並んでぼんやり眺めていた。ここは千葉なのに、今目の前に見えているこのねばっこい海原は東京湾なんだ、というその事実に、ぼくはなんだかくらくらしてしまう。
「コトのお兄ちゃん、ぼくがぶっ殺してあげよっか」
そんなこと言うつもりはなかったから、ぼくはぼく自身に驚いていた。
「いいね」コトは笑わなかった。「どうやって?」
「ゆっくり殺そう」ぼくはコトを見ずに言った。「まず、まっすぐに伸ばして針金にしたクリップで、両眼を刺して、ぐちゅぐちゅかき混ぜるんだ。で、眼をどろどろにしたら、排水口のぬめり取りで、歯を少しづつ溶かそう。溶けるかな?」
「あはは。サイコー」
「爪切りで少しづつ、両手両足の肉と骨を削いで、歯無しになった口の中に詰めていこう」
「あはは」
「髪の毛はペンチで豪快にむしり取ろう。耳にはギターを繋げたイヤホンをつけて、爆音でかき鳴らして鼓膜を壊そう。ヘソにはうんと尖らせたバトエン突き刺して、股間は……、」
「……股間は?」
「睾丸と、ペニスは……」ぼくはわざとらしく間を置いて言った。「一番みじめで一番いたくて一番ねちっこくて一番、一番ぜんぶぜんぶ後悔させるような方法で、こっぱみじんにする」
「こっぱみじん」
初めて知った言葉を口の中で転がすように、コトが繰り返す。
「そう、こっぱみじん」
「すごいね」
「すごいよ。こっぱだよ」
「ありがとう」
コトは微笑んだ。声が少し揺れていて、でもぼくはなにも言わなかった。
来た道を引き返し、ぼくとコトはそれぞれの家に向かって同じ道を歩く。
ぼくの住んでいる一軒家とコトの住んでいるマンションは道を挟んで隣り合っていて、いつもみたいに、家とマンションの中間、道のど真ん中で、ぼくとコトはハイタッチを交わして別れる。すっかり、夜になっていた。夜に玄関をまたいでも叱られないような家に、ぼくとコトは住んでいる。コトが明日学校にやって来るまで、どうか。と、ぼくはたまにコトの平穏を祈ったりする。
−−−−−−−−−−
ぼくはリビングのテーブルで、晩ごはんを食べようとしている。
晩ごはんはミヨシだった。
ミヨシはこんにゃくで、こんにゃくという食べ物がミヨシだった。
「いただきます」とぼくの声が聞こえた。
いつもインスタントの味噌汁をいれるお椀のなかに、透明な液体と輪切りにされたミヨシが浮かんでいて、ぼくはサトウのごはんをひとくち食べてから、そのお椀を手に取った。
「寅彦」
ミヨシがぼくを呼んだ。
ぼくはミヨシのひとつを箸でつまむ。
ミヨシがぼくを見ている。輪切りにされたミヨシに顔なんてないけれど、黒いぶつぶつの連なりが顔の代わりなのだということがぼくにはわかる。ミヨシの表情も、ミヨシがぼくに呼びかける声も、ぼくにしかわからない、聞こえない。ぼくとミヨシだけの、言葉じゃない言葉だ。
ママはテーブル越しに対面する形で、ぼくの方を向いて立っている。片手にセラミックの白い包丁を持って、眼を見開いている。眼が充血している。
「てめえ何様のつもりだよ」
ママの声はパパで、ぼくはママの顔を見つめながら、ミヨシを口に入れる。つよい磁石のS極とN極みたいに、ママの顔から目をそらすことができない。
「いっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもいっつもい」
そういう動きしかできないぜんまい仕掛けのおもちゃみたいに、ママは手に持った包丁を上下に振り続けている。
「っつもいっつもいっつも、いつもいつもいつもてめてめえはてめえはてめえ」
ぼくはミヨシを咀嚼して、飲み込もうとする。でも噛めば噛むほど、口の中でミヨシはどんどん膨らんで、ぼくはとうとう口の中からミヨシをこぼしてしまう。口からこぼれたミヨシはもうミヨシじゃなくてただのこんにゃくで、床の上でぷるりと揺れている。
さっきからぼくの頭上で浮かんでいたポリバケツが、UFOみたいに光を発して床に落ちたミヨシだったこんにゃくを照らす。ミヨシだったこんにゃくは浮かび上がって、ポリバケツの中に吸い込まれていく。
「ミヨシ」
充血したママの両眼が取れて床に落ちる。ぼくは視線を動かせるようになる。立ち上がってポリバケツに手を伸ばす。でもぼくは体温計だった。水銀が温まらないと手が伸ばせない。手というのは、赤いゲージのことだった。
そこで目が覚めた。
ぼくはマイナスドライバーを枕の下にしまって、起き上がる。
「ミヨシ」
−−−−−−−−−−
次の日も、次の週も、ミヨシはキュロットを履いて、ぼくの目の前の席に座って、いつものミヨシみたいに振る舞っていた。仕草や一人称にも変化はなかった。周りの人間も、キュロットを履いたミヨシをいつものミヨシみたいに扱った。みんなミヨシに適度に無関心だった。ぼくはおかしくなっているのかもしれなかった。ミヨシのことを視界に入れまいとすればするほど、ぼくの中はミヨシでいっぱいになっていった。
ミヨシがキュロットを履くようになって以来、ぼくはまだミヨシとほとんど言葉を交わしていなかった。プリントが回されるときに、一瞬目が合うくらい。ぼくがミヨシに話しかけなくなってからは、コトとミヨシがふたりで帰ったり、ぼくとコトがふたりで帰ったり、3人ばらばらに帰ったりしていた。そうするとコトとの関係性もすこしずつ変わってきて、冬休みが明けてから数週間経つころにはコトと帰ることもほとんどなくなった。放課後は校庭の朝礼台付近でたむろしているチートスたちのもとへ行くか、ひとりで逃げるように校門を出た。
−−−−−−−−−−
あとすこしこの日々を過ごせば、ぼくたちは小学5年生になる。2度目の、そして最後のクラス替えだ。ぼくの通っている小学校は各学年3クラスだから、ぼくもコトもミヨシも、ばらばらのクラスに振り分けられるのかもしれないし、そうはならないかもしれない。
−−−−−−−−−−
作文用紙が配られる。2枚ずつ取って、後ろに回してくださいねえ、という柏木の言葉にみんなが素直に従う。2枚取って後ろ。2枚取って後ろ。ミヨシの身体がゆるやかにねじれ、ぼくに残りの用紙を渡してくる。うすい、でもどこか強い、わら半紙とは違う、おめかししているみたいな紙。
「この教室にみんながこうして集まるのも、今月で最後ですね」白チョークで黒板をひっかきながら柏木は話し続ける。「今日は、せっかくなので、みんなに夢っ。ゆーめーを、書いて、発表してもらおうかなあと、思います」
「しょう来のゆめ」と書かれた黒板を見て、ぼくのお腹はこぽりと音をたてた。
「どんな夢でもいいですからねえ。こんなお仕事してたいな。こういうところで暮らしたいな。あんなことしたいな。こんな人になりたいな」
ぐぽ、と胸から喉にかけてかすかに音が鳴る。
「なりたい自分、みたいなことでも、なんでもいいですよ。書けたら、先生のところへ。ききたいことあったら言ってくださいねえ。発表はもしかしたら次回かな」
がぁーるるる、くう……というちいさな音がお腹から鳴り続けている。ぼくは目立たないようにゆっくりと背中を曲げ、作文用紙のマス目のひとつを一心に見つめる。
「焼肉めっちゃ食いてーとかでもいいんですかあ〜」チートスが投げやりに言う。
「千歳くんの夢がそうだとしたら、そう書いたっていいのかもねえ」抑揚のないさらさらとした柏木の声が聞こえる。
「うちで食べればいいよ」眠そうなガンバの声。
「おれが大人になるころには、おまえんちの父ちゃん、もうじいちゃんじゃん」
一瞬の沈黙ののち、「したら、オレが店、やってるかも」ゆっくりとガンバが答える。
ぼくは慎重に呼吸をする。吸って、吐く。お腹がうるさい。
なにかを察知したのか、ミヨシが椅子の上でもぞもぞと身体を動かしはじめたのが視界の端で見えた。ぼくは強く眼を閉じる。
「お父さん、お母さんになる。なんて夢も、立派な夢のひとつですからね」あらかじめ決められていたセリフを唱えるように柏木が言う。
「眼を開けろ」
頭の中で響いているだけの声にぼくは素直に従って眼を開ける。
「おまえはなにになりてえんだよ」
ぐぷ。
「トラ、大丈夫?」
コトの声が聴こえた気がして、ぼくは顔を上げる。身体をひねってぼくを心配そうに見つめているミヨシと目が合う。ごえええええっ。ぼくの口から大きなげっぷが出て、泡だったよだれが溢れ出てくる。教室がさっと静まり、みんなが一斉にぼくを見る。眼を見開いたコトの顔も、ガンバの顔もある。まずい、これはとてもまずい。それしか考えられなくなったぼくはなにを思ったのか立ち上がろうとする。うつむきながら身体をもちあげる最中に、ただただ驚いている様子のチートスが視界の端にうつる。さっきからずっと頭が鈍く痛かったんだ、ということにいまになって気がつく。内蔵がひんやりとあつい。そうしたくはないのに、自然と眉間にしわが寄って、きっといまぼくはあちこちをにらんでいるような表情になっている。コトがガンバのほうを向いてなにかを言っているのが見える。ガンバが立ち上がる。机の間を縫うようにゆっくりと近づいて、ぼくの腕と腰を支える。柏木の口が動いている。教室の数人が柏木のほうへ向き直る。ガンバがぼくを動かし、ぼくはガンバと同じ速度で動く。ミヨシが見ている。チートスの声が聴こえる気がする。小さなげっぷがぼくの口から断続的に出ている。ガンバによってぼくは廊下へ出る。ちゅみちゅみちゅみちゅみ、とお腹の底からなにかがのぼってくる。胸まで上がり、喉まで上がり、口からそれが出てくる。苦くて甘くてすっぱいそれが廊下に飛び散って模様をつくる。よく我慢した、とガンバの声が聴こえる。ガンバはぼくの背中をさすっている。柏木が教室から出てきて、ガンバになにかを言い、ぼくはまた動き出す。ガンバに支えられて廊下をゆっくり進んでいく。
−−−−−−−−−−
保健室のベッドで、ぼくは仰向けになっている。いまは昼休みで、ベッド脇の丸椅子にガンバが座っている。いつもみたいに校庭に行けばいいのに、なんとなく、といった雰囲気で様子を見に来るのがガンバらしい。そういえばガンバは保健委員だったなと、ぼくは天井を見つめながらぼーっと考えている。
「あいつさあ……」
窓越しに校庭を見つめているらしいガンバが、ひとりごとのように言った。
「そういうこと、だったんだなあ」
しばらく、だれのなんのことを言っているのかわからなかったが、ミヨシのことを言っているのだ、ということがガンバの微妙なしぐさや声色でわかった。
「でも、なんか、そういう感じ、だったのかもなあ、これまでも。うん」
ガンバはうつむいて、親指と人差し指の爪同士をひっかけ合うようにしてぴちぴちと音を鳴らしている。一生懸命なにかを考えているときのガンバの癖だ。
「いとこがさあ、そういう感じ、なんだよなあ。オレが保育園のころ、とか、まだ、違う感じだったんだけど、いまはもう、なんか、そうでもない感じでさ。うん。……あいつかわいいじゃんか。オレぐらいマイペースだけどさあ。あいつチン毛とか生えてんのかな。チン毛……」
ぴちぴち。ぴちぴち。……。
「いまのはちがう。なんでもない……。どうなるかわかんないけどさあ。オレ、ああそういうことかあ、って感じなんだよなあ」
これまでにも、そういうことはあったはずだった。けれど、ガンバがぼくに対して、というよりだれに対してであっても、他人のことを自分なりに真剣に、そしてしずかに話すのがこのときはなんだか意外で、ガンバの顔をまじまじと見つめてしまう。うれしさからなのか、おどろきからなのか、ぼくは勃起していた。胸がすずしい。自分の身体の血の流れがはっきりとわかった。
「なんだよお」
「や……うん。うん。なんでもない」
ぼくはベッドから右腕を出して、ガンバのほうへ掲げる。
「ハイタッチしよう」
「なんで」
「なんとなく」
ガンバの右手とぼくの右手がやさしく激突する。
−−−−−−−−−−
ガンバが行ってしまったあとの保健室で、ぼくは思い出している。ブルーシートと鉄パイプ、しめ縄、折れた踏切の棒、ベニヤ板、反射板、でたらめな材料で組まれた堅牢な小屋の前。まだ梅雨にもなっていないころ、コトがめずらしく先に帰って、ぼくとミヨシのふたりで帰った日、あそこで見かけた薄汚れた雑誌。ミヨシと、放課後、教室の隅で、どちらからともなく寄り添って、あの雑誌に描かれていた行為を自分たちなりに改変してやってみるようになった、そのころから、ぼくはもうこの先のことがなんとなくわかりかけていた。言葉として、映像として、具体的にわかっているわけではなかったけれど、こんなことが、このまま、この状態のまま、変わらずに続くはずがないことくらいはわかっていた。ミヨシの頬を叩くとき、ミヨシの肩をつねるとき、ミヨシの頭をなでるとき、ミヨシを言葉だけで追い詰めるとき、ミヨシの膝が夕陽に照らされてあたたかくなっているのに触れたとき、ミヨシの眼に映るぼくや教室の天井を見たとき、ミヨシが「ぼくは」と言うとき、ミヨシがぼくの名前を呼ぶとき、ミヨシの身体のその中の、だれにも見えないところでぐちゃぐちゃのかたまりになっているミヨシそのものにぼくは目を背けてミヨシの眼を見つめ続けてきた。学校では教えてくれないこと。パパは、ママは、柏木は、大人は教えてくれないこと。だれも教えてくれないこと。ほんとうは教えてほしいこと。その、「教えてほしいこと」の種類が、ぼくとミヨシでは決定的に違っているのだ。「教えてほしいこと」の種類も「知ってほしいこと」の種類も「信じてほしいこと」の種類もなにもかも。一緒だと思っていたのは、思いたかったのは、ぼくだけだろうか。ぼくはミヨシのペニスを舐めたかった。誰よりもやさしく乱暴に触りたかった。でもそれを望んでいるのはぼくだけなのかもしれない。ミヨシはミヨシ自身のペニスなんて認識されたくもないのかもしれない。そのことを考えるだけでぼくは頭がはちきれそうになった。頭がはちきれそうになるくらいわかりきっていたから、ぼくはミヨシと、ぼくらの間だけで通じるセックスを続けていたのかもしれない。ぼくはミヨシのペニスを見たことがない。そんなことはどうだっていいし、どうだってよくない。とにかく、ぼくはミヨシにいますぐ触れたかった。いま。いますぐに。
−−−−−−−−−−
体育館では、すでにチートスたちがバスケットボールの山盛り入ったカゴを倉庫からひっぱり出しているところだった。せっかちなやつらがカゴの中のボールを手にとって、好き勝手に投げ合っている。
ぼくは早足で、隅の方で壁に寄りかかってぼんやりしているミヨシの元へ向かう。
「ミヨシ」
ミヨシはぼんやりしたまま顔だけ強張らせる、という器用な状態でぼくを見つめた。
「髪」ぼくの声はかすれていた。
「かみ?」
「どうして」ぼくは右手をミヨシの肩くらいまで上げて、また下げた。
ミヨシは黙っていた。
「伸ばせばいいのに」言った途端、鼻の奥でなにかがはじける。ぼくは涙を流していた。
いまこの瞬間、この場にいる全員、消えていなくなってしまえばいいとぼくは思った。ぼくとミヨシ以外全員、バスケットボールとゴールネットだけを見ていてほしかった。
ミヨシは口を半開きにしたまま固まっていた。息も止めているように見えた。かわいそうな表情をしていた。
「どうして」
「トラ。寅彦」
ミヨシはぼくの手の甲に触れてから、ぼくの頬の涙を拭った。
「寅彦。今日、一緒に帰ろう」
バスケットボールが床を跳ねる音の隙間から、チートスの笑い声が聴こえる。ガンバが体育館にやってきて、おい、トラ! もう大丈夫なのか! とぼくを呼ぶ。ぼくの息もミヨシの息もかすかに白い。ぼくはミヨシにうなずいてから、なんでもなかったように背を向けて走り、カゴの中のボールを取って、ガンバに向かって高めに投げる。