0038 世界中

世界中

 車があればな、と思う。
 風の吹きすさぶ音からワンテンポ遅れて街路樹の枝葉が大きく揺れる。フラダンサーの腰使いをスローモーションにしたみたいだ。見たことないけど。それともベリーダンスか。ベリーダンスってなんだっけ。うひゃ、風。
「ボトルだけでいいかなぁー!?」
 州治が後方を走る私に叫ぶ。
「高いやつ買おう!」
 立ち漕ぎしながら私も叫ぶ。
「いいねえ!」
「そんで、コンビーフ買って、マヨネーズと一緒に炒めて、あ、ブルーチーズも買おう!」
「カロリーえぐ!」
「んなこたないやろ!」
 猛烈に発達した低気圧、その周縁に呑み込まれた京都の街を、私たちは自転車に跨ってすっとばしている。全部が、叫び声になる。酒屋でしこたま、ワインを買うのだ。
 大蔵、つるかめ、ブギー、びし屋、天天有、極鶏。ラーメン屋が連なる東大路通も、曼殊院通や御蔭通、その喫茶店や古書店も、洛中洛外、えろいホクロみたいに点在する大学の前も、それに寄り添うようにして流れる鴨川も、今日だけは、うねる風や水、巻き上げられた枝葉やゴミ屑のためのアーケードだった。取り囲む山々よりさらに上、遥か彼方からやってくる雨粒の大群が、コンクリートに枯山水の対義語みたいな波模様を作る。その波の上を、私たちは進む。人なんていないのに、人混みをかき分けるように。げらげら笑いながら風と風の間をくぐり抜ける。
「信号待ちしとる」
 歩道と横断歩道ぎりぎりのところでお互い止まって、州治がまっすぐに右腕を伸ばし、前方を指差す。その先を私も見る。
「うわほんまや」
 自販機の横に置いてあるようなカン・ビン用の青いゴミ箱の上蓋だけが、向かい側、横断歩道を渡るか渡らないかのあたりで止まっている。どこかから飛ばされてきたのだろう。ときおりその場でかたかた揺れながら、全身が車道に出そうで出ない危なっかしい様子を、私たちは見守り続けた。
「かわいいー」
「ね、かわいい」
 州治とは、大学一回生の春、新歓の酒目当てで参加した京大の映画サークルで知り合ったときからの仲だ。私も州治も、映画にさして詳しいわけでも、映画それ自体や自主映画制作に対する並々ならぬ期待と熱意があるわけでもなかった。新歓の場にそういった、ただ酒が飲みたくて学外からのこのこやって来たような人は案外少なく、だからその場で、私と州治だけがわかりやすく浮いていた。場に馴染みつつ、馴染もうと適度に騒ぎつつ、意識はただただ酒、そして同じくらい酒を欲している誰かを探す眼。私と州治は、名前も知らない先輩たちが、よくわからない単語で自主映画のなにがしかを語るそれぞれの輪の周縁から橋を架けるように腕とジョッキを伸ばして乾杯をした。
 結局サークルの会費も最初の一回払っただけで、すぐに行かなくなってしまったけれど、同じ大学の州治とはその後も頻繁に会うようになった。州治は私より長続きしたほうで、3回生の春ごろまでは、週一くらいの頻度でBOX棟に顔を出していた。といっても自主映画を撮ったり、先輩の制作に参加したりするわけではなく、BOXの隅に投げ置かれていた『AKIRA』や『SKET DANCE』を読んだり、そのときどきで顔ぶれの違うBOX内の先輩後輩と64のスマブラをやったりしていただけらしいけど。大学では、私は染色テキスタイル、州治は文芸表現、と、やることもやりたいことも研究室の棟も違ったが、お互いがお互いの学科の研究室に頻繁に出入りしたり、喫煙所でやたら鉢合わせたり、州治が勝手に私のアトリエに立ち入って、顔見知りの何人かと一緒にデイリーヤマザキの肉まんを食べていたこともあった。学科つまらん。つまらんやつの書くものはもっとつまらん。と州治はたまに言うのだが、その言葉の矛先はしっかり自分にも向いているようで、そう言うときの州治はいつも苦しそうだった。
「……らしいんよね」
 火花のような水しぶきを上げて進むトラックの音に、州治の声はかき消されてしまう。
「なんて?」
「物価!そこまで安くないらしいんよ。ブエノス」
「アイレス?」
 州治が頷く。
「節約せな〜」
「岡山きな、岡山」
 卒業したら、私と州治は別々の場所へ行く。
 私は岡山、州治はアルゼンチン。
 車があれば。
 でも、車で海は渡れない。
「一緒にチェーンソー振り回そ」
 私は岡山県の西粟倉という小さな村の生まれで、卒業後は実家に帰って、林業を手伝うのだ。
「チェーンソーなあ」
 なにか思うところでもあるのだろうか、それともなにも考えていないのか、上蓋の方向を見つめたまま、州治は首を傾げてもう一度「チェーンソーなあ」と言った。
 何ができるかなんて、わからんけどな。数ヶ月前、大学内の喫煙所でノートパソコンを広げた州治はそう言って、アルゼンチンの大学にメールを送った。好きな作家がいるらしい。知りたいことがあるらしい。行きたい場所があって、見たいものがあるらしい。
 いいことだと思う。ほんとに。
 来年の四月から、私は苗木を植え、肥えた木々をなぎ倒し、州治は私の知らない言葉を覚え、しゃべるようになり、見たこともない場所で暮らすのだ。
 いいことだ。まじで。
「あ、やばい、轢かれる」
 風に負けた上蓋が、がざざざ、と音を立てながら横断歩道を進みはじめた。信号はまだ赤だ。
 上蓋と道路と過ぎ去る車を見つめながら、世界中に、私みたいな人がたくさんいるはずだと、確信めいたことを思う。
 きっと州治は、遠く離れた大学で、また私みたいな人を見つけるのだろう。私みたいな人とつるんだり、しょうもないことで言い合ったり、楽しくやっていくんだろう。
 それはきっと、どこに行っても、私みたいな人が州治を見つける、ということでもあるだろう。
 道路の真ん中で軽トラが止まり、運転席からやたら頬の赤い腰の曲がったおじいさんが出てきた。
「あ」
「誘拐された」
 おじいさんは不規則に動き続ける上蓋をつかみ取り、荷台に載せてまた走り出した。目の前の信号が青に変わり、私たちも、どちらからともなく進みはじめる。
 ラーメン屋が連なる東大路通も、曼殊院通や御蔭通、その喫茶店や古書店も、洛中洛外、えろいホクロみたいに点在する大学の前も、それに寄り添うようにして流れる鴨川も、京都も岡山もアルゼンチンも。きっとどこだって、同じなのだ。ただこの世界に私たちがいる、それだけなのだ。
 私の世界、州治の世界。どこかの、誰かの世界。それを包む大きな世界。世界中。
 私は今、京都にいる。来年、私は岡山にいる。州治はアルゼンチン。でもそれって、どうあがいたって、結局は地球にいるってことだ。同じ場所に立っている。いつだって、いまここに立っている。ほんとうに、ただ、それだけなのだ。うん。
 そんな想像をしてみる。
 頭で考えたことを体で受け止めるには時間が必要だけど、それでも想像をしてみる私である。
「ねえ州治」
「ん、はい」
「このまま車借りて、どっか行こう」