朝
3月1日
今日は、いろいろなことが、ありました。
とても、書ききれそうにないので、今日は、絵なし。
とても早く、おきました。日づけがかわってから、ちょっとだけしかたっていないのに、お父さんに、おこされました。
だって今日は、すごいことがおこるんです。じんるい、れきししじょう、はじめてのことです。お父さん、おしごとだったのに、今日はおうちにいます。よしのくんのお父さんも、あきらくんのお母さんも、今日は、おうちにいるらしい。それほど、とくべつな日、だったんですね。おきなさい、ほら、おきて、という、お父さんのこえも、なんだかこうふん、でした。
ちょうど1年前、せいふから、じゅうだいはっぴょうがありました。3月1日、つまり今日、ちきゅうが、このうちゅうにたんじょうしてから、はじめて、あさ、というものがやってくる。テレビでアナウンサーが、今日のお父さんと、おんなじくらい、こうふんしたようすで、げんこうを読みあげていました。いままで、おはなしの中だけのそんざいだった、あさ、がやってくるのです。たいよう、という、とーーーってもあかるくて、あたたかい、光の玉が、ちきゅうをてらす、らしいのです。ぼくたちにんげんがつくった、あかりが、いらなくなる。いろいろなものが、みえるようになる。そんなじかんが、やってくる、というのです。
ぼくをおこしたあと、お父さんは、コーヒーをいれて、そのあと、ぎゅうにゅうをあたためて、ぼくにわたしてくれました。あたたかいぎゅうにゅうをのむのは、ねむるまえだけってルールなのに。今日は、やっぱり、とくべつです。でも、あたたかいぎゅうにゅうをのんでいると、なんだかまた、ねむたくなってきて、ぼくはソファーでこっくこっく、ふねをこいでいました(さいきん、お父さんにおしえてもらったことばです)。
お父さんの声で、ぼくは目をあけました。いつのまにか、ねむっていました。まどの外を見てごらん。お父さんが言うので、ぼくは立ちあがって、まどのちかくに行きました。空が、とうめいになっていく。と思ったらぼくのはだ、お父さんのはだみたいに色がついて、黄色くなったかと思ったら、黄色のあいだにうすい青色があって、目をがんばってあけて見ていると、こんどはまたとうめいになって、はだ、黄色、うすい青色、とうめい、はだ、黄色……と、そのくりかえしが、ものすごい、あきらくんのおうちのジョン(ハムスター)が、ホイールをぐるぐる回す、あれくらい早い、ものすごく早いスピードで、色のいれかわりがおこっていて、ぼくは目がまわりそう。図工のじかん、画用紙に絵のぐをぽたぽたやったときみたい。ぼくがそう言うと、お父さんはにこにこ、ぼくのあたまに手をおきました。
どれくらい、そうしていたでしょう。だんだん、空がぼくのうでみたいな色におちついてきて、お父さんは、2はい目のコーヒーをいれました。父さん今から母さんにでんわしてみようと思うんだ。うちで、空を見ないかって、言おうと思うんだ。お父さんが、コーヒーかた手に、つぶやきました。ぼくは、なんて言ったらいいのか、わかりませんでした。お父さんは、スマホをいじって、お母さんにでんわをかけようと、しています。
スマホからきこえてくる、お母さんのこえは、なんだかとっても、ふきげんそうでした。お父さんの声も、ちょっとピリピリ、しています。それでも、お父さんは、なんかいもなんかいも、ことばをかさねて、お母さんをせっとくしていました。お母さんが、そういうことへいきで言えちゃうようなところがカンにさわるんだよなあ、と言っているのがきこえます。
でんわをきったあと、お父さんは、ぼくにウインクをしてきました(お父さんは、よくウインクをします)。お母さん、くるってさ。くるう? ちがう、くるの。お父さんはわらっています。なんだかぼくより、うれしそう。オブラディオブラダ。はなうたをうたいながら、たばこに火をつけました。このたばこのなまえ、へいわ、っていみ、なんだって。むかし、お父さんがおしえてくれました。お父さんは、はじめての、あさ、を見つめながら、まぶしそうなかおで、けむりをもくもく、はいていました。
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6つの瞳が、わたしを見つめています。
1人は、5〜6歳くらいでしょうか。わたしを使うのに、ちょうどいい年頃の男の子です。その両脇にいるふたりの人間は、この子の両親でしょう。「こんなものまでとってあったのか」「絵日記か、懐かしいね」、わたしをめくりながら、楽しそうにおしゃべりしています。
ぱらぱらとページをめくっていた手が、あるページで止まりました。3人とも、じっと、書かれているものを読んでいます。わたしとしては、いささか不本意。というのも、そのページには、肝心の絵がないのです。
「これなに?」男の子が、片方にたずねます。
「これは。これはね。おじいちゃんがさっちゃんとおんなじくらい、子供だったときに書いた、絵日記」
「ふうん」
男の子、文字ばかりのページに飽きたのか、「字じゃん」「ねえ、はやく、つぎのページは?」と、ふたりの人間をせかします。わたしとしても、そうしてくれたほうがありがたいのですが、ふたりの人間はいつまでも、そのページをめくろうとしません。
たっぷり、5回は読んだんじゃないか。それくらいの時間が流れました。ふたりの人間はわたしをじっと見つめて、ほほえみ、「だいたい、ほんとうのことだね」「うん、だいたい、ほんとうのことだ」なんて言っています。男の子はすっかり、飽きてしまったようです。「公園で、みっちゃんたちとサッカーしてくる」、そう言いながら、回れ右、玄関に向けて駆け出していきました。
「行ってらっしゃい。夜になる前には帰ってきて」
片方が、わたしから目を離して、やさしい声で、そう言ったのでした。