柿の種
知らんジェラピケを着ている。わたしも、隣で寝ている人も。
パステルカラーだったのだろう。何度も何度も洗われていくうちに色が抜け落ちたのだろう。そういう白と薄灰色のしましまのもこもこに包まれて、いる。布団をめくってみる。隣で寝ている人も、おなじ柄、おなじ色。おなじいろ、って色、ありそう。隣で寝ている人を起こさないようにするする布団を抜けて、立ち上がる。ワンルーム。見たところ、一階。ベランダに地面がある。っていうかカーテン無いのか。
寝ている人が寝返りを打った。ぬうん、と半開きの口から声っていうか音が漏れ出て、もう一度寝返りを打って、静まった。電気止まってんのかってくらい音のない部屋だ。ぬうん。トイレ行こう。
便座に腰を下ろして、用を足している最中、顔を覆って、呻く。すこしずつ、昨日の記憶を、覚えている最後の最後まで。むかしむかしに林間学校で和紙作りを体験したときの記憶がぱぱぱぱ、と浮かぶ。木枠ですこしずつ、あちこちに傾けてすこしずつ、和紙を漉いていくイメージで記憶を手繰り寄せる。ああ、タクシー。
タクシーに乗った。いや乗せられた。いや乗った。どっちだ。乗った。いいぞ。なんでだ。なんでだっけ。ひとりで、そうひとりで、昨日は青砥駅前の生け垣みたいなところに座って、数分おきにどばっと駅から散っていくスーツ姿の人間たちを酒のアテにして、飲んでいた。仕事がうまくいっていないときによくやるやつ。そこからどうなったっけ。思い出せ。トイレットペーパー(ピンク色だ。ドンキの、安いやつ)をいつもの5倍くらいぐるぐる手に巻きつけて、拭いて、またジェラピケを履く。
寝ている人の鼻からすうすう穏やかな呼吸音が聴こえる。しばらく起きそうにない。どうしたものかな。腰に手を当ててあくびをする。右腰に当てた手に何か硬いものが当たっていて、刺繍か何かか、いやこんな場所に刺繍はないでしょう。もこもこをねじるように引き寄せると、砕けた柿の種がかさぶたのようにこびりついていた。それでじわじわいくつかを思い出す。そう柿の種。コンビニで買ったんだ。まっすぐ歩けないくらい酔ってしまって、そんな飲んでないのにな、酔って、柿の種を袋ごとあおるようにして口いっぱいに食べていて、食べながら歩いて、そうだ、歩いて帰れる距離なのにタクシーに乗って。でもひとりだった。うーん。うん。たしかにあのとき話した。なんか話したな。メーターは動いていなかった。わかった、うん、乗ったけど。たぶん。思い出した。
頭はガンガンに痛むけど、面白がれる気持ちになってきている。部屋の隅に転がっていたわたしのトートバッグから財布を取り出して、レシートの裏に電話番号だけ書いて、テーブルに置く。かけてくるだろうか。わたしはこの人とまた会っちゃったりするのだろうか。会えたりするんだろうか。
柿の種をジェラピケから剥がして、枕元に置いてみる。寝ている人は、今日もタクシードライバーとして生きるのだろうか。